“魚の町”(魚の棚・東魚町・西魚町)

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(p40 明治期の商工名鑑資料①~⑤による)
 城下町建設の当初から、城の正面に据えられた町で、海から離れた松本より移って来た小笠原忠政は、海の恵みの重要さを十分に理解していたと思われる。江戸時代史料によると、東には“さかな屋”、西には“ひもの屋”が記され、明治期においても東には“生魚”、西には“塩魚“”海産物”が集まっていて、魚を扱う町を東・西に二分し、機能分担が図られている。資料①では「魚の棚」という名前が独立して使われ、そこでは「肥魚商」の表示が目立つが、これは肥料としての干鰯も扱っていることを知らせるためであろう。
名前 所在地 業種・商品 屋号ほか 資料① 資料② 資料③ 資料④ 資料⑤
林由太郎 魚市場 海産物商 兼魚問屋 あはじ屋
小川亀造 魚之棚 肥魚商
小川吉右衛門 魚之棚 肥魚商
岸本卯之助 魚之棚 肥魚商
甲谷吉兵衛 魚之棚 青物昆布商
須賀熊蔵 魚之棚 酒御小賣
轟嘉兵衛 魚之棚 諸油金物商
内藤弥兵衛 魚之棚 肥魚商
有庄本店 東魚町 魚問屋 有庄
柏木太助 東魚町 魚商 生魚業 多聞屋
菊池徳次郎 東魚町 生魚問屋
大○商店 東魚町 蒲鉾及食料品 蒲鉾竹輪鯛味噌細工物商
高月和助 東魚町 魚商 木綿屋
中井和吉 東魚町 蒲鉾及食料品 青物乾物食料品罐詰類
林喜八 東魚町 魚 生魚卸商 あなご並ニ折入
林儀兵衛 東魚町 生魚問屋
林半右衛門 東魚町 魚商 濱田屋
林半右衛門 東魚町 魚問屋 林半
林田久治郎 東魚町 魚問屋 林久
松谷源太郎 東魚町 魚問屋 松庄
三浦常吉 東魚町 蒲鉾及食料品 生魚、蒲鉾、竹輪 兼旅人宿 丹吉
飯尾和平 西魚町 塩魚仲買 開業二代
五百蔵計之助 西魚町 肥料商 十九年開業
五十嵐 西魚町 活版所
内田英一 西魚町 内外科醫
岡本善右衛門 西魚町 塩魚仲買 慶応年間開業
小川亀蔵 西魚町 塩魚商 開業四代
柏木善次郎 西魚町 塩魚商 十八年開業
岸本宇之助 西魚町 塩魚商
岸本宇之助 西魚町 海産物商 松宇
岸本宇之助 西魚町 塩魚問屋 慶応年間開業
岸本小一郎 西魚町 塩魚仲買 廿八年開業
甲谷吉太郎 西魚町 昆布商
須賀熊蔵 西魚町 酒 酒類商 山熊酒店
轟嘉兵衛 西魚町 諸油商
轟嘉兵衛 西魚町 油商 吉川屋
轟嘉兵衛 西魚町 諸油商
殿界房吉 西魚町 塩魚仲買 五年開業
内藤弥兵衛 西魚町 塩魚商
内藤彌兵衛 西魚町 海産物商 二見屋
内藤彌兵衛 西魚町 塩魚仲買 開業三代
内藤利三郎 西魚町 菓子 御菓子製造所
西海榮吉 西魚町 米穀仲買業 開業二代
原田幾蔵 西魚町 乾物商 兼芋仲買 八百清
原田幾蔵 西魚町 蒲鉾及食料品 青物乾物商
前田富彌 西魚町 塩魚縄莚叺商 七年開業


肥魚商(資料①より)


東魚町「有庄」の引札(明治41年)