生船研究会会員 大村二三男
先ずは明石型生船の主要な活躍の場であった瀬戸内海に言及したい。
海や船にあまり関心のない人は瀬戸内のことを、「いつも静かで、エンジンが止まってもそのうち岸に流れ着くから安心や」という。しかしこれは大きな間違いだ。
実は海上交通のプロである船員からみれば、瀬戸内海は恐ろしい海なのである。おおむね瀬戸内海の恐ろしさは次の点にあると思う。貨物船、漁船など航行船舶の多さ、海域の複雑さ、至る所に設置された定置網、潮流の激しさ、霧など海象の変化などである。海上交通安全法という船舶交通が輻輳する海域にその安全を図ることを目的に定められた法律がある。この法律が適用される海域は東京湾、伊勢湾、瀬戸内海の3か所。つまり、瀬戸内海は海上交通の基本法である海上衝突予防法を補うための特別法を作ってはじめて安全な交通が保たれるという、危険な海域なのである。
また、潮流については、海上保安庁が狭水道の安全航行に資するため発行している『潮流図』11冊のうち9冊が瀬戸内海の狭水道航行を目的に作成されている。瞬時でも見張りを怠れば潮流に流され、目に見えぬ悪魔の手のように待ち受ける暗礁、浅瀬に乗揚げるか、定置網に突っ込むことになる。加えて瀬戸内海は日本近海で霧の多い海域4か所のうちの一つに数えられる。3月~6月にかけて淡路島東岸、播磨灘南部、備讃瀬戸などであるが、いずれも交通の要所であり霧の発生による影響は大きい。
これらの悪条件のもと、この危険な海域を明石型生船は喫水線下に換水用の穴をうがち、大量の海水を取り入れ活きた魚を運ぶ。絶えず生間(いけま)(活魚を積むスペース)の温度管理、酸素の供給に気を使いながら玄界灘をあるときは太平洋を経て、瀬戸内海を昼夜敢行で淡路・富島(としま)まで航走した。オートパイロット、GPS、AISなど、船を安全に導いてくれる、今なら小型ヨットでも装備している航海計器なしで走らねばならなかった。
瀬戸内の夜明け(2019.5広島県大崎上島沖浦漁港)