資料は、本来であれば工程ごとに分けて分類し、紹介すべきであろうが、用途・使用工程の判別が難しいものがあるため、鋸類や玄翁類といった、種類ごとの紹介となる。内容は下記の通り。
①鋸類
寄贈された鋸は、片刃の鋸が大半を占める。とくに板と板を隙間なく密着させる際、接合面を擦り合わせる時に使用する「スリノコ」と推測される鋸が多い。鋸自体のサイズの違いや、柄と刃の角度の違い、歯の細かさや向きが異なる。その他「リョウワ」と呼ばれる両刃鋸は、板の繊維に沿って切るタテメと、繊維を斜めに切るイバラメの刃がついている。またアナヌキと思われる鋸もある。
下から「リョウワ」、アナヌキ、他は「スリノコ」か。一番上は約1mの鋸。
②鑿・錐類
叩き鑿と推測される柄の頭部分に鉄の輪がついている鑿が大半を占める。サイズや形は様々あり、それぞれがどの場面で使用されたかは不明。また船大工の使う特徴的な鑿に、ツバノミと呼ばれる鍔のついた鑿がある。葛西氏のメモには「ツワノミ」と記されている。船釘を通すための穴をあける時などに使用するツバノミはクギサシノミともいう。油を付けたツバノミの柄頭を玄翁などで叩いて打ち込むことで釘穴をあけ、抜くときは鍔の部分を逆方向に叩くことで抜けるようになっている。ツバノミのサイズは船釘に合わせて変える。
様々なツバノミ。右2つは片方にしか鍔のない「カタツバ」。左2つがおそらく木の繊維に対して直角に釘の穴をあけるのに使用した「キリツバ」。左から3つ目がウチヌキ。
またウチヌキといわれる穴から木屑を出すためのツバノミがある。片方だけに鍔のついた鑿は「カタツバ」と呼ばれる。
その他、唐草模様などの船の彫刻を彫るための「ツキノミ(マルノミ)」などがある。
様々な鑿。叩き鑿が多いが、一番右は「ツキノミ(マルノミ)」で彫刻を彫るための仕上げ鑿
錐には一般的なミツメギリの他、葛西氏が「キブネ」と呼ぶボールト錐や、「クリコ」と呼ばれるハンドルを回転させて使用する錐がある。これら、回転させて使用するネジ型の錐はもともとボルトを入れる穴をあけるために使用された。「鉄工用の錐」も収集されている。
左から「ミツメギリ」2つ、ホールド錐2つ、「クリコ」、「鉄工用の錐」2つ、ドリルビット。
③鉋類
平鉋が多く、様々なサイズがある。一番大きな平鉋で長さ40.5cm、横幅8.5cm。ソリダイといわれる底がカーブしている鉋は、曲面を削るときに使用される。鑿で開けた穴をくり抜くときなどに使用する「マルガンナ」はソリダイと木の柄を接合したもので、接続部分を不均等にネジで固定していることから、自分でつないだのではないかと思われる。また、幅の狭い溝を削るシャクトリガンナや、溝の側面を削るのに使用する脇取鉋も見受けられる。
左から平鉋3つ、ソリダイ、「マルガンナ」、シャクトリガンナ、脇取り鉋
④玄翁類
鑿の柄を叩いたり、キゴロシなどで使用する。キゴロシとは、板と板の接合面を擦り合わせるスリアワセ作業のあと、さらに木口を叩いて繊維を圧縮する作業のことである。この作業をすることで、浸水すると水を含み膨張するため、水密性が高まるようになる。収集された資料は片手ハンマーと片口ハンマーである。
上から片手ハンマー、片口ハンマー2つ
⑤手斧・斧類
葛西氏が「チョンナ」と呼ぶ手斧はチョウナとも呼ばれる。鋸をかける前の木を削る際に使用した。木の柄を付けて使用する。柄には曲がったものと真直ぐのものがあり使い分けた。斧は「ヨキ」と呼ばれる。
下から「チョンナ」、「ヨキ」2つ
⑥墨掛道具
板材に鋸で切る場所の線や釘穴の場所などの印をつけるために使用する道具。板に墨をつけるための墨壺や「スミサシ」、寸法や角度を測るための定規や「サシガネ」がある。「スミサシ」と「サシガネ」は製作工程の大部分で使用する。「スミサシ」は現在も大工が使用したりする筆記用具で、墨壺の墨をつけて使用する。平らな部分で線を、尖った部分で文字を記す。
左から「サシガネ」、ジュウガネ、折尺、墨壺、「スミサシ」3つ。
また板に線を刻み、印を入れるという点で、平行な線を効率よく刻むための罫引やギターマーキングチョークもここに含んだ。
左からギターマーキングチョーク、罫引
⑦防水用具
船の板と板の間から水が浸水してこないように、船大工は様々な技術を用いる。前述したスリアワセ作業やキゴロシの他、「マキワラ」を隙間に埋め込むことも行う。「マキワラ」はマキやヒノキの皮の繊維を縄状にしたものである。葛西氏のメモに「ノミウチ」と記載されているウチノミなどと呼ばれる鑿もここに含む。
「マキワラ」
「ウチノミ」
⑧固定道具
木造船の板材と板材を接ぎ合わせる時や、船首側にカーブを描かせるために底板部分を曲げる「ねじため」の時など、板と板を固定するために使う道具。「ダルチン」や「イギリス」と呼ばれる道具がある。葛西氏のメモには、「ダルチン」は3・4枚の木をしめる道具とある。
「ダルチン」
「イギリス」
⑨船釘・ボルト類
収集された船釘のうち、名称が分かるものには「丸釘の亜鉛掛け」、「ヒラクギののぼり釘」、「おとし釘」、「カヨリ」という釘の名前である。葛西氏のメモには、「おとし釘」は「カヨリ」と似ているが、先が細くなっているとある。該当の釘がどれかは不明。釘は大きいと打つのが早くすむが、弱くなる。
左から「カヨリ」4本、「ヒラクギののぼり釘」5本、「丸釘の亜鉛掛け」5本。
ボルトについて、葛西氏のメモによると5分で8寸くらいのものが多いという。
ボルト
⑩道具修理用具
鋸や鉋を使うには、手入れが欠かせない。目立て屋に出すこともあるが、船大工は自ら仕事前に目立てをして作業に取り掛かった。鋸の目立てをする時に、鋸を挟んで固定させる「目立てやすりの台」と目立てヤスリや、鋸の刃の角度を出すための「アサリウチ」と、金床である「アサリウチの台」などがある。目立てヤスリは、ヤスリ挟みにヤスリを挟んでいるもの。鉋の調整道具である“台直し鉋”は、鉋台の下端を削って調整するときに使用する。
左から「目立てヤスリの台」2つ、目立てヤスリ2つ。
左から「アサリウチの台」、「アサリウチ」3つ
台直し鉋
⑪船の部材
明石のケンサキミヨシなどの漁船には「メゾ」と呼ばれる穴が船の横側についている。ここから水が出入りすることで、収獲した魚を生かしたまま運搬することができる。
「メゾ」を開け閉めするフタを「セン」という。収集資料の中には、センの材料の銅板である「センのアカガネ」と、「センを切るハサミ」がある。葛西氏のメモによると、「センのアカガネ」は大小2枚ずつ、計4枚必要となる。ちなみに船の外側、黒い飾り部分も同じ銅板を用いる。また、収集資料の中にはプラスチック製の「セン」も含まれている。
左から「メゾ」2つ、「サシメゾ」、「センのアカガネ」、「セン」、「センを切るハサミ」2つ、プラスチックの「セン」
船の飾り
明石市立文化博物館のロビーに展示しているケンサキミヨシも船の底部分に「メゾ」が付いている。また、常設展示室の橘氏製作の木造船模型もよく見ると「メゾ」と思われる穴が付いている。
博物館ロビーのケンサキミヨシの船底にある「メゾ」
⑫その他
機械台のボルトを締めるための「箱スパナ」や、ジャッキ、ホールソーなどの工具類。道具を入れるための袋類。アカ(船底にたまった水)をすくい出すための「アカカエ」など。その他の分類に含まれないものがある。また、資料の名前だけでなく、用途も不明な道具も多く、それらを含めての再整理は今後の課題としたい。
その他工具類、ジャッキやホールソー、レンチ、「箱スパナ」など。
追記
収集された資料の中には、名前やカタカナが記されたものがある。藤原氏から寄贈された資料の中には、“テ”と“マ”という文字が彫られたり書き込まれたりしているものがある。葛西氏の資料にも「大忠」という文字が見受けられる。これらは使用者の名前を表しているのではないかと推測している。
また、藤原氏の資料の中にが「大松」や「大松造船用」の文字が彫られた道具もある。藤原造船所と大松造船の関係は不明。
“テ”という文字が書かれたり彫られたりしている鋸と鉋。
“マ”という文字が彫られた鋸、錐、鑿