富島港は古くから播磨灘を漁場とする漁業で栄えた場所で、特に明石海峡の西、播磨灘の出口にある鹿ノ瀬、淡路島よりにある室津ノ瀬、富島港出口にある地の瀬などがあり、小型底引き網漁業でタコや鯛を中心に水揚げがある。特に蛸は品質が高く最高級の「明石ダコ」として取引されている。京阪神の市場に年末に出荷される蛸は、小型底引き網漁業(一部、蛸壺漁)で漁獲され、富島漁業協同組合が西防波堤の中ほどに設けた浮桟橋にある検量場で検量し、漁師は出荷伝票を受け取った。後日、漁協で出荷伝票に基づき現金が支払われるシステムであった。蛸は浮桟橋に係留されていた多数の蛸ダンベに次々と備蓄されていった。ダンベ内には木の枝が入れられており、蛸が止まれるようになっていた。そうしないと蛸が底で重なりあって呼吸が出来なくなるからである。年末には富島港全体が蛸ダンベで黒く埋まるほど蛸ダンベがあった。
蛸ダンベは、縦4尺5寸(1,36m)、横6尺(1,82m)、深さ5尺(1.52m)の大きさで、上面に蓋のついた開口部があり、四隅に吊り下げ用の金属フックが取付けられていた。生船のデッキクレーンで四隅を吊り下げ、生船近くまで誘導していた。この時小さな生船はダンベ側に傾いていた。ダンベの四隅の柱はヒノキで板面はスギを使用し、細長い換水穴が横に並んでいた。「換水穴はスギ板の板目面に一カ所ごとに穴を開けるのではなく、スギ板の柾目面上端から深さ1cm、長さ20cm程度の抉りを複数個所行い、これにスギ板を上に組合せることによって簡単に換水穴を作り出していた。大崎造船所で製作しているのを見たことがある。内外面ともに腐食防止のためコールタールが塗られており真黒であった。(船大工大崎進)」ダンベは海面と同じ高さギリギリに木の蓋があり、上から見ると水面下にほぼ沈んでいるので、開閉する蓋だけが見えていた。それぞれのダンベにはロープをかけて係留し、上面には船名や屋号を白いペンキで書いてその所有者が分かるようにしていた。長い間、海水に浸かっていると海水がしみ込んで重くなるので、使用しない時は防波堤に引き上げて乾燥させていた(写真9)。また換水孔には海藻が付着し酸素供給が出来なくなるので、換水孔はこまめに清掃していた。