武蔵七党

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 十二世紀の東国(関東)の武士団の中で、武蔵国における武士団としてもっとも有名なのは、児玉党、横山党を中心にした、「武蔵七党」と伝えられている中小領主の強大な集団です。
 武蔵七党は、横山・猪俣・野与・村山・児玉・丹・西とする説の他、野与・村山を除いて、綴・私市(きさい・きさいち)を入れる説、村山・西を除いて綴・私市を入れる説などがあります。
 いずれにしても、対等な同盟を結び、協力して、外部武士団の侵入を防いでいたのです。
 昭島市域と関係の深い西党は、多摩川流域の、百草、平山、関戸、日野、立川、昭島の村々一帯を領有していました。国府の府中の西にあたるので、西党と称したと伝えられています。

武蔵七党分布図