ハイキング列車

23 ~ 23 / 130ページ
 日中戦争のさなか、体位向上と心身の鍛錬を目的としたハイキングが奨励されました。滝山丘陵は人気で、南拝島駅から拝島の渡しを通り、滝山城址を経て東秋留駅の至るコースでした。五日市鉄道は東京横浜電鉄(現東急東横線)からガソリンカーを借り入れて対応しました。
 

画像①19 滝山丘陵ハイキングパンフレット(昭和15。青梅電気鉄道文書08・C・01)
時節柄、パンフレットには「鍛へよ銃後の秋」とある。列車には「秋川渓谷行」と書かれている。