国鉄青梅線と、東部では奥多摩街道、西部では市道一三号線、通称警察通りと呼ばれている道路で限られた、東西に細長く、帯状につらなるこの地区は、狭長な面積の地区ではあるが、特に市制施行後この地区は昭島市のすべての機能を独占する中心地帯であり、また市内で最も活況を呈する商業地帯でもあり、市民生活上重要な機能を果たしている地区である。国鉄青梅線は、昭島市域内に、東中神・中神・昭島・拝島の四駅を開設しているが、それらの駅はすべて線路の南側に向いて駅舎を設け、改札口を開いている。北側に向って開口している駅は一つもない。このことは明瞭に昭島市の中心が青梅線の南側にあり、北側は未開発の地として長い間放置されてきたという、歴史的な意義を示している。そして今日中央線の各駅はすべて南北両側に開口し、改札口を設けているのに比して、青梅線沿線都市としての、昭島市の性格を特徴ずける、端的な事例としてあげられる。昭島市役所・昭島郵便局・昭島警察署・昭島消防署などの官公庁、銀行・各種金融機関、各種公共会館施設、図書館・学校・病院などもこの地区内に集中し、この地区の中央を貫通する中央通りは、昭島市の商店街として最も目抜きの繁華街となっている。この狭長な地区内に、昭島市の人口の三四%を占める二九〇〇〇人が居住し、世帯数でも昭島市の全世帯数の三五%を占める一〇〇二七世帯が生活をしている。
青梅線中神駅南側
青梅線中神駅北側
この地区の中央に位置する朝日町を中心として、その東側の東町・玉川町を合した東部と、その西側の昭和町・松原町を合した西部とを対比させてみると、東部は世帯数四六二九、人口一三三五六人であるのに対し、西部は世帯数三二九二、人口九五三三人で、これはこの地区での最高の人口密度を示す玉川町域の人口数に比して、五〇〇人多いだけである。東町の人口数はこの地区で最も少ない地域であるが、これは学校・公園の町域に占める割合が大きいためである。玉川町から西隣りの朝日町の地域は、人口数で一五一四四人となり、他の三町を合した人口数より一二八八人も多い数値を示している。このことは、この地区の中心が昭島市の中央部を占める玉川・朝日両町の地域が、新興昭島市の中心街を形成していることを如実に示すと共に、衛星都市として誕生した昭島市は、戦後同じ性格をもつ隣接立川市の膨張につれて、市の東から西へと膨張してきた足跡を示す。これは主としてベッド・タウンの住民の主体をなす通勤者の、都心への通勤距離に比例する都市膨張の事例を示すものである。またこの地区の東部を形成する東町・玉川町では、共に女子の人口数が男子のそれを上回っているという現象も注意すべき点であり、勿論他の三町においては男子の人口が女子のそれを凌駕している。