目次
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第五編 律令国家時代
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第二章 律令制下の東国
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第一節 武蔵国と多磨郡の設置
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一 武蔵国の設置
三 旡邪下説
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賀茂真淵が唱えた説で、今日の相模・武蔵の二国はもと「旡邪国(むざのくに)」といい、それを旡邪上(むざかみ)国・无邪下(むざしも)国の二つに分けたので、一方では旡邪上の「ム」が脱落して相模となり、他方では旡邪下の「モ」が脱落して武蔵となったとする(註二)。