E 昭島の夜明け前

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 この「慶応四年正月」の記録が昭島地域にもたらされ、上川原村名主金右衛門によって書きうつされたのは、綴じこみの前後関係によると二月一九日から三月九日のあいだと推定できる。ちょうどその時期は、二月一二日慶喜の江戸城退去と寛永寺閉居、同二三日彰義隊結成、三月六日甲州勝沼戦争における旧新選組など甲州鎮撫隊の敗北、同一一日倒幕派東山道鎮撫軍の八王子入部、一四日新宿入りおよび江戸開城交渉の成立など、事態の急変がうちつづく戊辰内乱が多摩郡をまきこんでいる時であった。
 すでにそれ以前(以下とくに第五章第四節四参照)、昭島の村人たちは慶応二年武州一揆のはげしい動きに直面して変革の時代のまぢかいことを痛感し、これを「世直し」としてうけとめていた。またその際に打ちこわしをうけた側も、たとえば中神村久次郎が私年号「長徳」をつかって慶応三年の年に新しい世の出現を期待したように、かれらなりの変革への願望を不定型ながらも自覚し、何らかの形で表現しようとしていた。
 このような世の変革への予感や願望が、村人の心をはげしくゆきかう状況のなかで、昭島市域の近世史は、異国へ落ちのびてゆくらしい徳川慶喜の姿が、村人の脳裏をかすめたときをもって、ほぼ終ることとなった。
 やがて四月一一日江戸開城と慶喜の水戸退去、七月一七日江戸の「東京」改称などをへて、九月八日「明治」と改元、一〇月には天皇が東京へ入った。「御一新」を旗印に掲げた倒幕派の専制的な統一政権形成の動きは、その舞台を武州にうつしてきた。この、上からの「御一新」が、はたして村人たちの変革への予感や願望に十分こたえるものであったのかどうか。少くとも昭島では、大神村の季翠中村嘉右衛門が、こう詠っていたことだけは確かである。
    戊辰の役
  おちかへり 鳴音も血をやはききぬらん 忍ふか丘の山ほとゝぎす     (忍岡は彰義隊の敗地上野の山)
  風さふき 浅茅かはらになくむしの 声細りゆく秋の暮かな
  ゆくさきは 小夜更ぬれは風凄き 浅茅かはらはす(過)きう(憂)かりけり
  事たらぬ 脊門(ママ)の遺り水音たてて 水屋に余る五月雨の空     (中村保夫家所蔵『(和歌手控)』)
補註(1)鳥羽伏見敗戦あとの慶喜逃走について、当時の新聞にあたる「かわら版」では、「……此大坂を落こちの、人の噂も帰り見ず、蒸気船ものりこんで、西の海へとサラリ(傍点引用者)、跡ハ焼キ払ヒマシヨ……」(鳥羽伏見の戦い戯文『節分』早稲田大学演劇博物館蔵、平凡社『かわら版新聞』Ⅱ所収)としている。この「西の海へ」を、もっとはっきり「異国え落候」といっているのが、昭島の史料(二九)『合戦書 写』だということになろう。
  (2)参考文献一覧
     (雑誌論文・史料は本文中のみでここに省く。叙述参考順)
   三田村鳶魚     『未刊随筆百種』解題
   北島正元      『江戸幕府の権力構造』Ⅱ・Ⅲ
   東京都八王子市   『八王子市史』
   石川謙       『石門心学史の研究』
   神奈川県藤沢市   『藤沢市史』
   大畑裕       『陶宮術講話』他
   佐藤〓       『聞きがき新選組』
   西岡虎之助     『高校日本史』五訂版
   松本守拙      『峡中俳家列伝』
   今田洋三      『江戸の本屋さん』
   神奈川県会     『神奈川県会史』
   原田種明      『多摩人物史』
   正田健一郎     『八王子織物史』
   鹿野政直      『日本近代思想の形成』
   伊藤好一      『近世在方市の構造』
   青梅市       『定本市史青梅』
   北多摩郡大和町   『大和町史』
   筑波常治・菊池俊彦編『明治の群像』7産業の開発
   色川大吉      『新編明治精神史』
   鹿野政直      『大正デモクラシーの底流』
   岩波講座      『日本歴史』近世
   日本宗教史研究会  『共同体と宗教』
   村上重良      『近代民衆宗教史の研究』
   宮田登       『近世の流行神』
   藤谷俊雄      『「おかげまいり」と「えゝじゃないか」』
   李進熙       『李朝の通信使』
   浜田義一郎     『大田南畝』
   林栄太郎編     『天然理心流印可』
   平尾道雄      『新選組史録』
   小島政孝      『新選組隊士列伝』
   小沢勝美      『透谷と秋山国三郎』
   渡辺一郎      『幕末関東剣術英名録の研究』
   斎藤典男      『武州御嶽山史の研究』
   青木恵一郎     『世直しの唄』
   高木俊輔      『維新史の再発掘』
   宮武外骨      『筆禍史』
   洞富雄       『幕末維新期の外圧と抵抗』
  (3)市域外で調査・研究にお世話になった方々・機関
                     (叙述順。敬称略)
   文京区       小池洋太郎(松宇文庫)
   青梅市       青木益太郎(俳号「正州」)
             横川邦三郎
             高橋義太郎(俳号「香吟」)
             都立青梅図書館
   日野市       佐藤〓
   新宿区       早稲田大学図書館
   八王子市      小沢勝美
   港区        東京都中央図書館・加賀文庫
   入間市       浅見彦三郎
   渋谷区       椎葉海嶽
   立川市       都立立川図書館
   横浜市       神奈川県立図書館
   相模原市      相模原市立図書館
   八王子市      松崎幸三郎
   筑波大学      渡辺一郎
   秋川市       井上昌作
   武蔵村山市     川口惣次郎
   千代田区      国立国会図書館
             中央大学図書館
             国立公文書館
 なお俳諧史料関係は、俳家青木益太郎氏の御教示に負うところが大きい。また文学関係については早稲田実業学校国語科瓜生鐵二・川平均両氏から、「朝鮮国周道」については同校奥村周司・工藤元男両氏から、いくつもの御教示をえた。武術関係では、松崎幸三郎氏からの史料御提供に負うところが大きい。