男の子はイガグリ頭の丸坊主で、女の子は所謂オカッパが普通であった。男性の成年者は長髪や丸坊主だが女性の髪型は年令に応じて変っている。娘の頃には桃われに結髪し、銀杏返しや束髪に結い、ヨソユキには島田まげを結った。結婚後は髪型もまるまげに変わるが、髪結いさんや器用なおばさんや母親が結髪した。髪の長いのが自慢の一つで当時の娘達の日本髪姿は非常にあでやかなものであった。しかし、髪を洗うのは一ケ月に一度程度で、泥のような洗い粉が使われていた。古老の話によれば市内では一時期「二〇三高地」「耳かくし」「カチュウシャ」の流行の髪型を結っていたようである。なお、パーマネントが流行するのは戦後になってからである。
大正時代の女性の髪型(白川宗雪氏提供)