〔糸引き唄の歌詞〕
立てよ立てよの 三本口や立たぬ
こらしょ
立たせまいとの 浮き名立つぞ
糸取り止めにすりゃ 世に仕様(しよう)がないな
こらしょ
ないかと思えば 止められぬ
回る見番(けんばん)さんの 袖ひきとめてよ
こらしょ
いやでも取って呉れよ 義理の糸
〔機織り唄の歌詞〕
(その一)
お前縦糸 わしゃ横糸よ
はなれて暮せぬ あつい仲あつい仲
嫁に行くなら村山大島 ひと重ねひと重ね
お前さんとなりゃ西はどこまでも
東は上総の果てまでも
アー ジャンガラン ジャンガラン
雨が降るから 今夜も来ない
今夜も逢わずに しまうのか
アー ジャンガラン ジャンガラン
雨を降らせて 雨水ためて
可愛いいお方を 舟で呼ぶ
アー ジャンガラン ジャンガラン
お前百まで わしゃ九十九まで
ともに白髪のはえるまで
アー ジャンガラン ジャンガラン
今宵今晩 眠気がさして
あなた見なけりゃ 目が覚めぬ
アー ジャンガラン ジャンガラン
青梅の宿で機織れば
若衆が窓から ふみを投げこむ
アー ジャンガラン ジャンガラン
お寺の前の石榴が咲き乱れ
御門のうちに かがやく
アー ジャンガラン ジャンガラン
ぼた餅はやる 世の中で
おらがでは 碾割(ひきわり)ばかりの焼餅
アー ジャンガラン ジャンガラン
(その二)
遠く離れりゃ お手紙便り
ヤノヤットイ
あいたくさんでも 見りゃ可愛い
アー チャンガリン チャンガリン
チャンチャンガリン
飛んで行きたい あの蝶の森へ
こがれて鳴く声 聞かせたい
こんやあたりは わが妻様の
かわりやないかよと 来そなもの
アー チャンガリン チャンガリン
チャンチャンガリン
糸引き唄は、蚕の繭から糸を取る際に、また機織り唄は、手織機によって布帛を織る際に、それぞれ歌われた唄であり、さきの棒打ち唄同様、労働と強く結びついた民謡の一例でもある。
本編第二章第二節において既に記したように、昭島市域では、旧村の時代である明治二〇年代から昭和初期にかけて、養蚕製糸業が盛んに行われるようになった。ここに挙げた二つの唄は、そうした時期に流行し、その労働に従事した女性達によって良く歌われたものであったのである。
養蚕農家では、とれた繭のうち、上繭は売りに出すが、商品価値の低い屑繭は出荷せず、もっぱら自家での使用にあてた。各農家には、殆んどと言って良い程、必ず座繰りの糸取り器と手織機が一台づつ備わっており、養蚕の時期が終ると、女達は皆、屑繭から糸を取る作業を行い、取れた糸を村の撚り屋で撚り、紺屋で染めてもらう。そして冬の農閑期などに、その糸で娘などの身内の着物を織ったのである。このような糸取りとか機織りの家内労働の〝場〟において、それに従事した婦女子によって口づさまれたのが、糸引き唄であり、機織り唄であったのである。