関連事項 雨乞(あまご)い城山神祭文(きやましんさいいぶん)と漢詩

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菅公祈雨真影図 (滝宮天満宮所蔵)
道真公が自ら城山に登り、雨を祈った結果、大雨が降ったという雨乞伝説に基づいて描かれた画像

 
 888年(仁和4年)旱魃(かんばつ)で苦しむ農民を救うために5月6日今で言う6月22日に菅公が城山神の前で唱(とな)えた祭文です。菅公は日記のように漢詩を作っていますが、雨乞いの時のものはありません。それだけ心身に厳しいものだったと推察するだけです。雨乞いの前に本当に雨が欲しくて、大雨に因む名前の人の名を借りて作った漢詩「雨多懸令江維緒(うたけんれいこうゆいちょ)に寄(よ)せる一絶(いちぜつ)」と889年旱魃の翌年に雨が降り「雨(あめ)を喜(よろこ)ぶ」と言う漢詩を作っています。この二つの前後の詩と祭文から雨乞いの時の気持ちなどを推察すると千百年も前のこととは感じられず、昨日起こったことのように思えてなりません。

城山(キヤマノ)神文。為讃岐守祭レリ之。(菅家文草525)