「雨(あめ)を喜(よろこ)ぶ」 (菅家文草295)

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  田父(でんぽ)何(なに)に因(よ)りてか使君(しくん)を賀(が)す
  陰霖(いんりん)六月(ろくがつ)未(いま)だ前(さき)に聞(き)かず
  満衙(まんが)の僚吏(りょうり)俸多(ほうおお)しと雖(いえど)も
  若(し)かず東風(とうふう)一片(いっぺん)の雲(くも)には
 
 旱魃の翌年の889年には雨がたくさん降ってきてそれを喜んで詩を作りました。
 「国内の百姓たちは、何のために国主の私に祝いの気持ちを表すのだろうか。六月いっぱい、長雨が空も暗く降り続いて、こう言うことは今までに聞いたことがないほどだからです。(去年は旱魃で苦しみました)
 雨が降って田畑の収穫が増えて国府の役人全員の俸禄(ほうろく)が上がることは嬉しいことだけれども、それよりも、春風が吹いて、ひとひらの雲が湧いてきて、雨をもたらせてくれることに勝る喜びはありません。雨が降ることが一番嬉しいです。」