Ⅲ 調理方法

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 いずれにせよ、このようにして獲得された食糧は、「なま」のままで食用に供されるものもあったであろうが、そのほとんどは、何らかの形で、調理の手が加えられていたであろう。
 縄文時代には、当初から火が使用されている。その使用法において直接的に焼くということも当然行われていたであろう。現に、焼痕を残す獣骨・貝殻が発見されている。
 そして、縄文文化の最大の遺産である土器は、まさに、この食生活のために存在すると言っても過言ではないであろう。
 この、容器としての土器は、まさに食糧の容器であり、中期以後に顕著となってくる器形の分化は、その用途・目的の分化を示し、それは食生活の分化へとつながっているであろう(二―六九図)。

2―69図 縄文土器の用途 祭祀用(右上),盛りつけ用(左上),貯蔵用(右下),煮沸用(左下)(加曽利南貝塚出土)

 この中で、土器が調理の中で果たす、もっとも基本的な役割は煮沸であろう。この煮沸に使用する土器のもっとも基本的な形態である深鉢形は、縄文時代全期間を通じてほとんどその形をくずしていない。
 それでは、この土器による煮沸がどのようなものであったか、千葉市加曽利貝塚博物館における実験例を二、三見てみたい(註18)。
 (一) 煮沸対象物 アサリ一キログラム
  投入水量  水四リットル
 水を入れて煮沸開始後二二分―六〇度C、アサリ一キログラムを投入、一五分後―水温九二度C、沸とう開始、沸とう水温、九八~九九度C、沸とう開始後二分―煮沸完了、全所要時間四〇分、投入後一八分、残存水量一・六五リットル。
 (二) 煮沸対象物ジャガイモ 一キログラム(二―七〇図)
     投入水量水 三リットル(温度一五度C)

2―70図 複製土器による煮沸実験
(ジャガイモを煮る)

 煮沸開始後一六分―六〇度C、この時、ジャガイモを投入、九分後―水温九七度C、沸とう開始、
全所要時間四一分、ジャガイモ投入後二五分で完了、残存水量一・六リットル。
 (三) 煮沸対象物 ドングリ 一キログラム、
   投入水量  水一リットル(温度一八度C)
 煮沸開始後一五分―八五度C、ドングリを投入、二八分―上層水温九三度C、下層水温八七度C、三八分―かきまぜて検温、九五度C、沸とう開始、四三分―完了、
全所要時間四三分、投入後二八分
残存水量〇・五リットル。
というように、アサリ・ジャガイモ・ドングリともに対象物を投入した後二〇分前後でいずれも煮沸が完了している。そして、煮沸に使用した水は、終了後いずれも約半減しているが、それも回を重ねるごとに減少が少なくなっていっている。また、それに従って、土器内面が堅緻となり光沢を帯びるようになってゆくなどの結果を得ている。
 この実験によって、土器が煮沸用具としての機能を十分に備えていることがわかる。
 更に、土器の面から見た食生活上の特徴としては、後期に入って出現する注口土器(二―七一図)があげられよう。これは明らかに液体を入れ、これを何らかの器に移すために使用されたものである。

2―71図 注口土器(縄文後期堀之内式・加曽利貝塚出土)

 液体を考えるとき、まず、各時代を通じて水が普遍的に存在したと考えられる。水が、従前どおりの扱いを受けていたとすれば、この注口土器に入れられた液体は、水以外の特殊な液体の存在が考えられねばならないであろう。
 そのほか、容器としては、「かご」や、「皮袋」の存在も考えられる。現に、縄文時代晩期には籃胎漆器(らんたいしっき)(註19)が発見されており、その芯となる籠が確認されている。
 調理に使用された石器としては、獣類の皮をはいだり、肉を切断したりするために石匕(いしさじ)が使用されたであろうし、堅い木の実を砕いたりするために、石皿(いしざら)や磨石(すりいし)が使用されていたであろう(二―七二図)。

2―72図 調理用具の石器
(石皿とすり石)