縄文早期から後期にいたるまで、その大半の時期には、塩の存在さえ知らなかった縄文時代人が、その最終の時期になって、にわかに塩の生産を開始している。果たして彼らは、なぜ塩を必要とし、いかなる目的のために製塩をはじめたのであろうか。
たしかに人間は、血液中の塩分濃度を一定に保つため、塩分の絶えざる補給が必要である。ただ、肉食を常とする場合、その肉の中に含まれた塩分によって、自然に適当な摂取ができるから、特に食塩を補給する必要はない。主に鳥獣の肉や魚貝を食べていた縄文時代人にとっては、塩分や味つけの塩などはほとんど必要でなかったはずである。むしろ、彼らにとっては、その肉や魚を保存するためにこそ塩が必要ではなかったか。塩は動物組織から水分を抽出することによって、バクテリアの侵蝕を防ぐため保存剤の役目を果たす。貯蔵穴や埋め甕など種々の工夫をこらして、食糧の保存に苦労を重ねてきた縄文時代人が、塩分や味つけのためよりも、まず、この保存剤としての効用に目をつけなかったはずはないのである。