Ⅶ にとな古墳群(仁戸名町所在)

255 / 452ページ
 花輪本谷は、花輪町で小花支谷と分かれるが、本遺跡はこの花輪本谷と小花支谷とに挾まれ、かつ小支谷が入り組んで凹字状を呈する舌状台地上に位置していた。
 昭和四十七年、県立南高校の新設のため、造成工事が計画され、山林を伐採したところ、この台地縁辺に沿って古墳が発見された。三月には、すでにブルドーザーが入っており、古墳を残して台地中央部は削平されていた。調査は、昭和四十七年三月四日から四月二十日まで、千葉県教育委員会の依頼をうけた仁戸名遺跡調査団によって行われた。その結果、竪穴住居址四四、古墳四基、供養塚二基が発見されている(註1)。
 古墳群は、東側の台地にA号墳とB号墳が東西に並び、小花支谷を見おろす台地縁辺に、第一~四号墳が直線的に連なり、花輪本谷の小支谷縁辺に第六号墳また第四号墳の北方の台地中央部に第五号墳が位置していた。なおA号墳とB号墳は未調査である。