3 漁業補償の実際

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 漁業補償はまことにわずらわしい計算と、忍耐強い交渉によって妥結した。これは補償する県側にとっても、補償をうける漁業協同組合にとっても同じように言えることであった。漁業補償のはじめに補償金の算出をした。区画漁業権と共同漁業権の補償、漁具や漁業施設の補償、漁業に関するいっさいの事項の補償まで算出された。例えば、のり養殖ならば、のり養殖の収益を算出し、のり養殖資材(建込資材、管理資材、採取資材、製造資材、乾燥資材、仕上資材、その他)の資材費を算出するこまかい調査が必要であった。ことに、県側と組合側との食い違いはのり柵数であった。同一の漁業協同組合におけるある年度の柵数は統計の種類によってちがっていた。農林省統計書、県統計年鑑は正式の統計と一般に認められている。しかしこれらの統計数と、漁業協同組合ののり柵台帳における登録数、たまたまその年に発生した流出重油によって被害をうけた届け出数、あるいは漁業協同組合から税務署に申告した柵数、更に航空写真をとって勘定した柵数、これらはそれぞれ正しい柵数を示すべきものであったが、かなり大きいちがいがあった。ようやく県側が漁業補償金を計算して、これを漁業協同組合に提示すれば、漁業協同組合がこの補償金額の二倍を対案として要求した。この時点から忍耐強い交渉を重ねて、おおよそ両者の金額を合計してこれを二で割った金額で妥結した。補償金に合意ができれば、協定書を取交して、漁業協同組合は漁業権を放棄した。県側は補償金を漁業協同組合に渡して埋立事業を開始した。漁業協同組合は補償金を組合員に配分して、組合は解散し、組合員は転業した。

6―36表 漁業補償状況表
組合名組合長氏名組合員数交渉経過漁業権放棄月日昭和年月日補償補償面積(坪)備考1人当たり
正組合員準組合員申し入れ昭和年月日受け入れ昭和年月日妥結昭和年月日総額内訳区画共同
区画共同沖漁入漁権その他
浦安宇田川欽次1,24536.3.436.3.437.7.1837.8.311,566,044,000946,156,680545,990,30673,897,0141,159,3912,593,000
浦安第一泉沢三四郎43236.3.436.3.437.7.1337.8.31539,225,000176,294,160328,896,24834,034,592
浦安36.3.436.3.437.7.1337.8.31287,500,00094,325,000172,080,00021,095,000
浦安第一
船橋(1)小野尾俊雄98220937.5.2137.6.2237.9.2437.8.31368,473,886282,387,78886,086,098117,974428,000
〃 (2)98220941.5.2043.9.444.3.37,913,401,0005,879,276,0001,398,678,000635,447,0001,795,7003,932,700
習志野広瀬幸治83137.12.1338.2.1438.8.838.8.31333,280,000332,380,000900,00053,200
相原一誠23538.9.939.5.40.5.2819,476,00019,476,00036,000
幕張林田伍郎61740.2.240.7.40.8.25171,000,000171,000,000283,295277,147
検見川宮間広雄3694740.4.640.5.242.3.2745.2.41,748,056,0001,356,084,000391,972,000531,000862,0004,202,057
稲毛羽田直文44511943.2.1943.2.1943.6.2144.7.31,928,860,0001,485,700,000430,927,0006,500,0005,733,000473,0001,080,0004,157,026
千葉田谷弘1,91033.10.137.10.538.9.2439.12.74,792,042,0003,027,436,0001,603,011,000161,595,0001,151,0003,088,0002,508,922
蘇我(1)細谷久25711726.12.29.6.29.10.830.9.13132,972,050101,760,00031,212,05093,249252,584355,540
〃 (2)斎藤長蔵26611539.6.1339.6.3040.9.2441.4.21,196,161,000951,592,000240,589,0003,980,000218,000480,0003,139,530
生浜丸山金一郎30310733.836.5.236.12.1837.1.131,605,228,8001,142,655,114315,382,600122,702,28624,488,800300,000732,0003,915,192
八幡五所鈴木敬介66912431.11.32.3.2032.10.2334.7.241,252,000,000863,235,600329,529,50059,234,900862,8501,475,430
君塚(1)池田岩次139431.11.32.4.132.9.1635.5.24274,700,000160,732,84097,939,70016,027,460240,145726,800
〃 (2)139433.6.3033.9.1034.10.2635.5.24360,422,270268,581,90080,574,57011,265,800164,900250,400
五井(1)岡本徳蔵69428831.12.32.12.2133.12.2935.5.24285,000,000129,957,750104,982,9002,500,00047,559,35077,916265,600
〃 (2)69428834.12.1535.2.2936.3.2036.5.253,276,699,2042,348,036,784717,019,200125,300,00086,343,220707,1391,473,478
松島斎藤卯一6235.5.1436.5.1837.2.237.2.24455,651,907349,450,01661,815,01812,887,62631,499,247101,060164,508
青柳山下清吉30135.5.1436.2.1036.9.1537.9.102,657,880,0002,102,461,500345,586,610167,940,00041,891,890894,9091,460,000
今津朝山館石利作24135.6.2036.1.2736.7.537.4.72,208,469,3601,740,368,224271,768,370174,000,00022,332,766644,8481,360,000
姉崎西田基一43936.2.636.5.136.9.2237.6.232,427,817,8001,994,108,054135,441,597134,335,800163,932,349504,848916,894
椎津本田義雄1732736.2.636.5.2536.10.3037.2.241,422,874,0001,115,446,88883,600,000145,000,00042,443,54436,383,568250,303549,030
代宿(1)鈴木茂夫18638.3.438.3.538.8.2638.8.31379,747,610336,265,00019,223,0005,219,00019,040,610236,800311,700
〃 (2)大木良夫18640.8.2340.9.441.2.2541.4.2794,700,000707,632,00062,268,00024,800,000268,526429,797
久保田(1)美山瀬1861438.3.1338.4.1038.8.3138.8.31430,210,884353,143,00034,075,0005,365,00037,627,884
 〃 (2)美山静20040.8.2340.9.441.3.941.4.21,806,036,0001,596,467,000168,569,00041,000,000569,583945,000
歳波在原諒27443.6.2744.8.142,377,969,0002,115,302,000191,160,00066,266,0005,241,000755,000902,000
桜井坂口寅吉2573541.5.441.5.942.3.1543.6.111,828,790,0001,153,252,000134,374,000367,344,000173,820,000376,000522,000
小浜斎藤竹次郎8141.5.441.5.1642.3.1543.6.11646,830,000466,401,00092,422,00058,580,00029,427,000160,000269,000
畑沢市川舜蔵1031141.5.441.5.2342.3.1543.6.11823,850,000610,338,000119,749,00050,100,00043,663,000187,000416,000
坂田秋元聴121135.10.1936.5.1240.5.2641.4.21,028,075,000880,718,000136,182,00011,175,000322,000739,000
君津白井千代吉21735.10.1939.12.2136.8.1036.10.21,481,451,0001,156,182,300172,523,700100,301,00052,444,000324,8971,356,000
青堀平野長兵衛33541.8.2644.6.1845.2.184,491,467,9163,869,816,000253,207,000360,601,9167,843,000640,6061,131,364
青堀南部平野藤次郎26742.3.1044.6.1845.2.183,699,094,1663,296,115,000182,561,000214,569,1665,849,000588,409932,061
新井丸野七郎6642.3.1044.6.1845.2.18741,657,064666,138,00047,578,00025,137,0642,804,000126,000168,105
富津多田惣市72143.2.2743.11.276,904,465,0004,164,987,0001,477,864,0001,267,370,00012,244,0001,600,0005,043,168幕張への入漁分
今井町篠原良20443.6.1843.6.1843.8.2744.7.372,704,00072,104,000600,00030,0003,029,333
15,6451,72364,730,281,91747,870,802,59811,387,693,4674,398,847,464442,614,838630,323,55015,970,52635,658,114

(県漁政課資料)

 漁業補償の実際例を知るために、蘇我漁業協同組合・幕張漁業協同組合・生浜漁業協同組合などの補償金の算式、補償金の配分や協定書などを記しておく。

 蘇我漁業共同組合に対する東京電力株式会社の千葉火力発電所建設の場合(県案)、このために埋立計画と浚渫計画によって、区画漁業権第一四号のり養殖地の五五パーセント(総面積一八万坪のうち九万九千坪)と共同漁業権第一〇八号(貝類と簀立(すだて)漁業)の二五パーセント(総面積五七万坪のうち約一六万四千坪)が該当地域となる。しかし、埋立・浚渫によって、実際の漁業行使の面から考えて、のり養殖には約四百柵、貝類養殖には従来の漁獲の二〇パーセントほどが残存する。

 このような判断を基礎にして漁業補償を具体化すると、次の算式によって表される数字がおおむね補償金額になると思われる。なお採用する算式は「電源開発損失補償算式及び運用」である。したがって基礎的数字はすべて県水産部で認定しうる範囲のものを採用した。

 算式方式

  漁業権及び入漁権の一部が制限され、漁獲高の減少がある場合においては、平均漁業収益額(補償時以後における年間推定漁獲数量に損失補償時の魚価を乗じて得た額から損失補償時以後の年間漁業経費をさし引いた額)を年利回りで除して得た額の八〇パーセントの額

  のり漁業補償額         一億一七六万円

  貝類漁業補償額     三、〇四六万二〇五〇円

  のり種場補償額           三六九万円

  稚貝種場補償額            三〇万円

  簀立漁業補償額            四五万円

   合計        一億三六六六万二〇五〇円

  一 のり養殖補償額の算式

  〔{(1,460柵×3,500枚×3.6円)-(1,460柵×3,000円)}-{(400柵×3,500枚×3.6円)-(400柵×3,000円)}〕÷0.08×0.8=101,760,000円

    一四六〇柵    最近四ケ年の平均行使柵数

    三五〇〇枚    一柵一漁期の平均漁獲数(補償数)

    三・六円     のり一枚平均単価

    三、〇〇〇円   一柵一漁期の平均経費

 二 貝類採取補償金の算式

 {(5,228,550円×0.72)-(5,228,550円×0.2)×0.72}÷0.08×0.8=30,462,050円

  四ケ年平均貝類生産額

  内訳

  あさり 二三三万九七六〇円 三万八九九六樽 単価六〇円

  はまぐり 一一〇万四〇〇〇円 三、六八〇樽 単価三〇〇円

  しおふき 一一万〇三四〇円 三、六七八樽 単価三〇円

  こあか 六六万四六〇〇円 三、三二三樽 単価二〇〇円

  ばかがい 七六万三〇五〇円 五、〇八七樽 単価一五〇円

  その他 二四万六八〇〇円 一、二三四樽 単価二〇〇円

  合計 五二二万八五五〇円

   〇・七二…貝類養殖業における平均経費所要率から二八パーセントをさし引いたもの、換言すれば生産額に対する収益率

   〇・二……埋立・浚渫後の漁場の地理的条件を勘案して推定される今後の貝類生産率(年間平均生産額に対する)

三 のり種場補償

{(313柵×1,500円)-(313柵×320円)}÷0.08×0.8=3,690,000円

   三一三柵……平均種場の柵数

   一、五〇〇円……一柵の種付料単価

   三二〇円……一柵に要する支柱費その他の管理費

四 稚貝補償金

 三〇万円 昭和二十九年七月に一万樽を放苗 単価一樽三〇円

五 簀立補償金

{(500貫×250円)-80,000円}÷0.08×0.8=450,000円

   五〇〇貫……年間平均漁獲額

   二五〇円……一貫目の現在単価

生浜漁業協同組合における漁業補償金の配分(覚書)

 昭和三十三年六月十三日 千葉県知事との協定に基く当組合地先十五万五千坪の埋立に対する補償金六七七〇万円也の配分については その後配分委員会を設け 可成早期配分すべく 討議を重ねたり その配分方法につき 世論にこれをきくべく世論調査を行い その意向を求めたところ

 組合員総数 六二二名

  (内新加入者 五名)を対象とし

  平等配分 五五九名   九一%

  差等配分  四六名    七%

  意向表明なし 七名    一%

  未提出    五名    一%

     計 六一七名

平等配分を希望するもの絶対多数であり 尚少数ながら差等配分を希望するものの 主張する内容については 業種あるいは漁業依存度により 差等を付すべき事を強調されており その論拠として 一面傾聴すべき点もあるが 現在の組合状況下に於ては その差等を付することの極めて難事であり これを行うことにより 益々紛糾を助長し 配分を困難に陥らしむ恐れがあるので此際は右世論調査の結果をきそとして 平等配分を成すことが 最も穏当且つ無難な方法であることと信じ 総代会の決議を得て 来る八月二日臨時総会を招集し 左の配分案を上程し その承認を求むることになった

配分案

 一、金六七七〇万円 補償金総額内金一五〇〇〇〇円 昭和三十年以降の加入者五名の配分 一人につき三〇〇〇〇円

  金一二二四〇〇〇円 組合員六二二名(一名につき二〇〇〇円)の増資分

  金六六二六五八〇〇円 組合員六一七名に対する配分額(一人当り平均一〇七四〇〇円)

  金四〇二〇〇〇円 配分残金

右の配分残金と補償金の銀行利子は埋立対策費ならびに今後の費用に充てる

 また協定書として幕張町漁業協同組合と生浜漁業協同組合のものをあげる。それぞれの漁業協同組合の地理的性格と、都市化によって協定内容にかなりのちがいがある。

   協定書

 幕張町地先海面の埋立工事施行について、千葉県(以下「甲」という)と幕張町漁業協同組合(以下「乙」という)は、次のように協定する。

 第一条 乙は、この協定書の定めるところにより、乙が幕張町地先において漁業権を有する区域のうち、別紙図面に表示する区域の漁業権その他一切の権利を放棄するものとする。

 第二条 甲は、乙に対して乙の有する漁業権その他一切の権利の消滅及び損害に対する補償金として、金六千七百七拾円也を支払うものとする。

 第三条 甲は、乙に対し埋立に伴う漁業施設として、埋立地内に船溜施設一ケ所、浜田川河口筋に船揚場一ケ所を設置するものとする。

 第四条 甲は、乙の漁業上の利便を図るため、船溜施設の付帯用地として、造成地約千四百拾坪を乙に無償で提供するものとする。

 第五条 甲は、乙の漁業上の利便を図るため、護岸堤塘に昇降口を数ケ所設置するものとする。

 第六条 甲は、埋立地の上置土等に必要な土砂を採取するため、浜田川河口先および船溜の縦みお延長各千メートルのみおを掘さくするものとする。

 第七条 この協定書に記載されている事項につき疑義を生じた場合、またはこの協定書の一部を変更する必要を生じた場合には、その都度甲乙両者が協議して定めるものとする。

 第八条 この協定の細目その他その実施に関し、必要な事項は甲乙両者が協議して定めるものとする。


   右協定の証として本書二通を作成し、記名捺印の上、甲乙各その一通を所持する。

    昭和三十三年六月十三日

千葉県知事      柴田等

幕張町漁業協同組合長 林田伍郎

    区画漁業権および共同漁業権に関する協定書

 千葉県(以下「甲」という。)は、千葉市生浜地先に港湾および工業用地を造成するため、生浜漁業協同組合(以下「乙」という)と次のとおり協定する。

 第一条 乙は、現に有する区画漁業権及び共同漁業権ならびにこれに関するいっさいの権利を放棄するものとする。

 二 幕張町漁業協同組合の有する区画漁業権区第八号に入漁している入漁契約は乙の責任において解約するものとする。

 第二条 甲は、乙の組合員に対して、前条に規定する権利の放棄に伴う通常生ずべき損失の補償を行なうものとする。

 第三条 甲は、乙に対し次のとおり支払うものとする。

  (一) 組合経費 金三〇〇〇〇〇〇円

  (二) 職員経費 金一〇〇〇〇〇〇円

 二 前項に掲げるものの支払期日は、昭和三十六年十二月二十二日とする。

 第四条 甲は、乙の地先公有水面に港湾および工業用地を造成することに伴い、その地区内に用排水の不良地が生じないようその施設を整備するとともに、甲の行なうべき施設の不備に基因して生じた損害については、被害を受けた乙の組合員に対して、賠償の責に任ずるものとする。

 第五条 乙の地先に建設された工場の取水により、地区内にあるかんがい用井戸が枯渇し、使用にたえないおそれのある場合においては、甲はこれに代るかんがい施設をすみやかに行なうものとする。

 第六条 甲は、乙の組合員及びその家族に対し次のことを行なうものとする。

  (一) 進出会社に対し、一戸一名以上の者の就職をあっせんすること。

  (二) 進出会社以外に対しても優先的に就職をあっせんすること。

 第七条 乙の組合員のうち進出会社の下請企業、出入船舶の荷役、運送等を希望する者がある場合においては、甲は乙の申出によって、これらの者を関係者に対し、優先的にあっせんするものとする。

 第八条 乙の組合員のうち、アパート或は貸家を建設する場合甲は、進出会社に対し、優先的に入居のあっせんをするものとする。

 第九条 甲は、進出会社の社宅およびその他の用地を、乙の地区内に優先的にあっせんするものとする。

 第十条 甲は、乙の組合員に対し、補償金を課税標準とする国税について、研究し指導するものとする。

 第十一条 乙が、解散した場合においては、千葉市長および乙の代表者をもって組織する機関がこの協定に関するいっさいの権利義務を承継するものとする。

 第十二条 この協定の実施に関し、必要な事項及び付帯事項についてはそのつど甲および乙が協議して定めるものとする。

  この協定の締結を証するため、本書三通を作成し各一通を保有する。

    昭和三十六年十二月十八日

千葉県知事       柴田等

生浜漁業協同組合理事長 丸山金一郎

千葉市長        宮内三郎

 生浜漁業協同組合に対する漁業補償については、「漁業権放棄に関する損失の補償に関する協定書」がある。これには区画漁業権、共同漁業権、入漁契約、その他の補償などの合計一五億四一七九万円の支払いを協定している。このほか貝類漁業、その他の漁業補償としての協定書があり、それには一一四万円の補償金の支払い方を協定している。