街路計画

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 千葉市の街路計画は(京葉臨海広域都市計画の街路)昭和四十年に決定されて建設が進んでいる。この計画街路は戦災復興都市計画の街路網について昭和六十年の推計交通量から街路と幅員を決定されている。昭和四十年に市内の自動車の登録台数は市民一五人に一台であった。また市内の幹線交通量は国道一四号線は一二時間当たり一万八千台であり、五年前の交通量の約二倍に増加していた。京葉臨海工業地帯が完成する昭和六十年には自動車は一世帯につき一台の割になり、千葉――市原間は一二時間当たり一六万五千台、千葉――東京間は一二時間当たり一九万台と推計された。このために必要な計画車道は一二車線となり、一日二一万台の交通量を受けいれることにした。その他の交通量は当時建設中の京葉道路と一級国道一六号線のバイ・パスと都市計画街路の広路第三号線(計画幅員五〇メートルの街路)で通過交通量をさばくことにした。京葉臨海広域都市計画の計画街路の総延長は、二三キロメートルであった。「メトロポリタン都市計画」にいたって計画街路の総延長は二九キロメートルに延びた。これは市街化区域と市街化調整区域の決定で延長が大きくなり、更に海浜ニュータウンや京葉有料道路の延長と関連して延びたからである。しかし、計画街路の事業進捗率ははなはだ低い。京葉臨海広域都市計画の段階においてみれば、街路の築造率は一〇・五パーセントであり、舗装率は五・五パーセントであった。しかし「メトロポリタン都市計画」の段階に入った昭和四十七年の計画街路の完成率は二三・五パーセントにまで高めることができた。

6―81表 都市計画道路年度別総延長
単位m
年度総延長40以上未満以上
40~30
未満以上
30~22
未満以上
22~16
未満以上
16~12
未満以上
12~8
8未満備考
昭和18年46,8104,0405,57037,200
昭和21年70,3751,3152,1008,29823,7349,01825,910復興都市計画
昭和30年90,4801,3152,95020,65643,2379,90812,205209交通量調査人口調査で再確認
昭和42年231,60928,6753,24025,520147,42020,6666,088
昭和47年271,38035,87016,78041,570149,51017,7509,900市街地区域と調整区域の決定による
昭和48年298,90942,17016,78049,359162,57018,1309,900海浜ニュータウンなど有料道路との関連
 
年度昭和18年昭和23年昭和30年昭和42年昭和47年昭和48年
広路(44m以上)2路線2路線3路線4路線5路線
1等1類(36m以上)2〃3〃
1等2類(29m以上)1〃
1等3類(22m以上)4路線4路線5路線11〃20路線
2等1類(18m以上)3路線11〃18〃21〃21〃24〃
2等2類(15m以上)3〃15〃18〃22〃21〃27〃
2等3類(11m以上)14〃13〃12〃18〃16〃16〃
小路(7m以上)16〃1〃13〃3〃2〃2〃