第四項 子供の成長

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 子供が誕生して、病いの多い不安定な時期をすぎ、七歳まで無事に育てあげると、ほんの少しではあるが育児について息抜きができるようになる。子供に関しての儀式や行事は七歳までが圧倒的に多い。

(1) 一歳

 名付け親

 お七夜までに、子供に名前をつけるのだが、寺の僧侶、親類で格の上の者、信頼できる近所の人の中から、名付け親になってもらう。

 名前をつけると、紙に書いて神棚へあげる(院内)。

 お七夜(みつめ祝いともいう)

 三つ目のおはぎといって、大きなおはぎを重箱に入れ、嫁方へ持ってゆく。また、出産の祝いをくれた家々へも配り、産土神へは、甘酒も一緒に供える(院内)。

 三つ目祝いも含め、七歳までは取り上げ親が祝い事の正座を張る(土気)。生まれて七日目に行う。

 宮参り

 初宮参りの日取りは、地域により異なる。

 男女とも百日目(土気地区)。

 男四二日目、女三三日目(園生)。

 男三〇日目、女三五日目(院内)。

 媒酌人や仲人の所へ寄ってから行く(土気地区)。

 お宮の境内を何回か廻る(土気)。

 お参りするとき、神前で子供がおしでないのを証明するため、鼻をつまんだりして、無理にでも泣かせた。

 お食い初め(おくいぞめ)

 一一〇日目に茶椀と御箸をそろえ、食べさせるまねをする。

 歩き始め

 誕生日前に歩いた子供には、わざわざ重い力餅を背負わせ、ころぶようにする(院内、泉地区)。

(2) 三歳

 むしふうじ(虫封じ)

 子供が三つくらいになると、癇(かん)の虫を押さえるために、千葉寺で売っていた虫封じの箱を買って来て、虫をとじ込めて神棚に飾った(院内)。

(3) 七歳

 紐解(ひもと)き

 七五三の祝いであるが、特に長男の七つの祝いが盛大だった。このときの衣裳は、方の家であつらえるが、嫁の男親が聟の女親と前もって見たてにゆく。嫁側からは衣裳以外に、反物や米も合わせて持ってゆく。当日、この返しとして、聟側からは籠餅と切り餅一斗分ほどを、嫁側へ届ける。近所の人へも、餅を配ったり酒を飲ませたりする。また、しらわ密柑とひねりを撒くのを在の人たちが拾いに来た(院内)。

 切り餅を道々配りながら、嫁の実家まで行く。神参りは、全部の子供の七五三のときにするが、特に惣領のときだけは、婚礼のように盛大に祝う(泉地区)。

 産土様に詣出て、その前後に披露の座を持ち、そこで飾りをつけた竹籠を贈る風習があった(武石)。

 七五三の祝いは、子供の仲間入りの行事であるから、お参りをしたあとで近所の子供たちを招待し、お宮の階段の上から、餅としらわ密柑を撒いた(坂月)。

 祝いに参会した人々が、取りあげの親にひねりを出すと、それを集めて、子供にお祝いとして渡す(土気)。

 三歳、五歳、七歳、特に七歳のときには、稲毛の浅間様へお参りに行った。馬にこたつやぐらを載せ、ほかの子供たちとともに、ゆらゆらゆれて行った(院内)。

 長男は、将来の家長候補者であるため、七歳を一つの成長の目途として祝ったのが紐解きである。

 病除けの儀式

 「年中行事」の項に記した「ちゃわび」とか「疱瘡のむながし」がそれである。