六 平忠常

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忠賴の長子忠常父の職を承きて上總介に任せられ、武藏押領使を兼ね、從五位上に叙せらる。上總の大椎[山武郡土氣本郷町大椎]に城きて之に居る、後下總の東大友[香取郡神代村大友]に移る。

忠常武勇にして威名あり、兩總の間に勢力を扶植す。後一條天皇の長元元年常陸介平正度と私事を以て爭を起す。下總國司藤原包昌之を調和せしめんとせしも聽かすして却て國府を攻む。又上總及ひ安房を侵して國司を殺し後屢官兵に抵抗せしを以て遂に賊名を負ふ。四年四月源賴信征討使として下向するに及んて忠常乃ち降を乞ふ。忠宗賴信に伴はれて上洛の途中美濃に於て病死す年五十六。子常將・恒親は勅旨によりて罪を免さる。