これまで、虚空蔵信仰と妙見信仰に焦点を当てながら日本の星神信仰における位置づけを略述してみた。この信仰の伝来には渡来系氏族が大きく関わったこと、また伝播定着には修験者の影響があったことなどを指摘し得た。つまり、本来的意味で星神信仰は日本にはなく、体系的星神信仰の受容・展開過程として把えることができるのである。漁民の方角・漁期指標、農民の農事暦に登場する星辰は僅かであり、その命名も民具名を以ってするなど体系的ではない。逆にスターロア・星の民俗の欠除を探ることは日本人の自然観・民族性を考えるよい指標となる。同じ北斗七星に対する信仰でも漢・韓族の間では司命的性格を強く持つのに対して、日本では厄除け的性格が強いのである。民俗性を斟酌した上での宗教者の解説の反映をそこにみることもでき、星辰を巡る比較民俗学的考察も待たれるのである。この意味で、釜神、蘇民将来、花祭りの祭具、伊勢志摩の海女の磯手拭い、近世城郭の石垣刻印、旗幟などに記されている星象の由来と修験者、陰陽師(
は安部晴明印という)など宗教者の系譜を明かにしたうえで、民俗との交渉の態様を考えていきたい。船霊信仰に伴うサイコロ、その目を「天一地六表三艫四合わせ」とすることは、北斗七星を表すとする説などは興味深いものである。(国分直一「船と航海と信仰」『えとのす』十九)。
寺院行事として行われている星供や星祭りについては別稿でふれたのでここでは取り上げないが(「星供・星祭り」『仏教歳時記』二)、最も一般的な星神信仰としてその民俗的意味、性格を把えていくことは当然重要である。また、星辰の運行から導き出された星占いに人々が関心を持つといった現代的星神信仰にも焦点を当ててみたいと思う。
(主な参考文献)
佐野賢治 『虚空蔵信仰』 雄山閣出版 一九九一
杉原孝俊 『妙見さま』 妙見山鷲頭寺 一九八五
野尻抱影 『星と東方美術』 恒星社 一九七一
森田龍僊 『密教占星法』 臨川書店 一九七四(復刻)
矢野道雄 『密教占星術』 東京美術 一九八六
吉田光邦 『星の宗教』 淡交社 一九七〇
遠藤克己 「陰陽道祭についての一考察」『社会文化史学』一九八七
田中君於 「斎王群行と北辰祭について」『史学研究集録』一九七八
土屋賢泰 「妙見信仰と千葉氏」『房総地方史の研究』雄山閣出版 一九七三
佐野賢治 「星と虚空蔵信仰」『民俗学論叢』四、一九八三
廣畑輔雄 「日本古代における北辰崇拝について」『東方宗教』二五、一九六五
古市巧 「鬼越考」『茨城の民俗』二三、二四、二五 一九八八、一九八九、一九九〇
山下克明 「平安時代における密教星辰供の成立と道教」『日本史研究』三一二、一九八八