詞書(ことばがき)と絵とを交互につないでストーリーを展開させる絵巻という形式は、わが国で、平安~鎌倉時代に独自の発展を遂げた。「源氏物語絵巻」に代表される作物語(つくりものがたり)や、「伴大納言絵巻」などの説話文学をはじめ、日記や軍記物語を題材としたもの、あるいは、高僧の伝記や神社仏閣の縁起を絵画化したものなど、さまざまなジャンルにわたる。なかでも、社寺およびその本尊の造立の由来や、利益(りやく)・功徳(くどく)の伝説を描き表わした縁起絵巻は、鎌倉時代、新仏教の普及に伴い数多く制作され、以後も綿々と描き継がれた。
このたび調査の機会を得た「千葉妙見大縁起絵巻」は、社寺縁起絵巻の長い歴史の中では比較的新しい部類に属するものの、絵の筆者を明らかにするという点で、近世絵画史上、見逃しがたい一作である。ただ、いくたびかの改装を経たために、現状は錯簡が多く、詞書は新旧数種の手が混在して複雑な様相を呈する。改装時の補筆は、他の文献などから重複を無視して加えられたものをも含み、原初の形態に復することはもはや不可能に近い。が、千葉市立郷土博物館との共同作業で、史実や古記録を参照し、ともかくも、現時点で最善と思われる復原案を立てることができた。詞書や奥書の内容から、縁起本文の成立や絵巻化の時期を推定する作業については、別稿の「千葉妙見大縁起絵巻の詞書について」に譲り、ここでは、延宝六年(一六七八)の改装時にすべて描き改められたとみなされる絵の部分の筆者や画風、当時の画壇との係わりなどについて、調査結果をもとに考えてみたいと思う。
