四、千葉妙見大縁起絵巻の諸本

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 「千葉妙見寺大縁起絵巻」は、この栄福寺本のほかにもう一本現存する。福島県相馬市の歓喜寺に所蔵する二巻本(県指定・重要文化財)がそれである。これには「大縁起跋」というものがついていて、その跋だけ写したものが内閣文庫にもある。跋には、「寛文二年(一六六二)龍集(歳次)壬寅十一月朔日/尊光院十九葉法印権大僧都/阿闍梨光雅」の奥書があり、中につぎのような記述がある。借りて繕写(誤りを訂正しながら写すこと)したこの二巻の縁起は、本庄伊豆守が経典や旧記を引いて文章を編んだものだが、先後の錯乱や欠落がある。自分(光雅)は、それらから要領を抜翠して「略縁起」一巻を作ったが、簡略すぎて意が通じない。ふたたび旧縁起を参考に、煩瑣な部分の肉をそぎ、足りないところには加筆し、錯簡を正し、漢文を読み下して「大縁起」二巻に仕立てた、というのである。これによって、歓喜寺本は、改装前の栄福寺本を寛文二年に写したもので、詞書は光雅の再編成になることがわかる。当時すでに栄福寺本に大きな錯簡があったことも明らかであろう。残念ながら歓喜寺本の調査の許可が得られなかったため、両本の詳細な比較はできないが、公刊された数葉の図版注8を見る限りにおいて、両本の図様は意外にも異同が多い。改装前の栄福寺本の絵の部分の損傷が相当にはげしく、図様が復原できないところがあり、それぞれの筆者が新たな図を案出したためと思われる。歓喜寺本については将来実査の機会を持ちたいものである。

 歓喜寺本系統の絵巻がいま一本存在したことをうかがわせる史料がある。「栗栖郷妙見大菩薩縁起」という名の縁起文のみの写本注9であるが、「此所に御神体絵有」とか「此所に絵有」と、絵の位置を指示する注記がある。漢字仮名まじりの文章や絵の位置が一致することから、歓喜寺本を写し、巻頭に下総国から栗栖への妙見大菩薩勧請の由来を数行付け加えた一本と推定される。今後、新たな絵巻の発見も期待できよう。