発展著しい県都干葉市の街づくりは、今から八百五十年前の大治元年(一一二六)、
千葉常重が亥鼻山に館を築いた時に始まる。
「表八千軒、裏八千軒」といわれる関東有数の繁栄を誇った千葉町の時代から、
房総の一寒村の時代を経て、明治以降県都として着実に成長、
とくに近年の飛躍的な発展ぶりには目をみはるものがある。
「温故知新」新しい時代を夢みて千葉市の将来を考えるとき、
われわれは必ず過去における先人の労苦や英知の上に立脚していることを忘れてはならないと思う。
八百五十年という歳月の流れは、ともすれば祖先の歴史や遺跡を遠<>
破壊の危険にさえさらそうとしている。
われわれの心の故郷であるこうした貴重な歴史的遺産を正しく位置づけ、保存し、継承しなければならない。
祖先の遺した足跡に思いをはせ、郷土を見なおすことによって、明日の千葉市に向けての創造の力が生まれてこよう。
このたび、千葉開府八百五十年記念事業の一環として、日頃、郷土関係図書の出版に貢献されている
「多田屋」さんから「干葉市郷土カルタ」が発行されたが、カルタという身近な遊びを通して、
次代を担う子供たちが郷土の歴史を学び、ふるさとを愛するこころを育んでい<>
また、大人のわれわれにとっても、改めて郷土の歴史の重みを受けとめ、
よりよい郷土を子孫に残す、そうした責務を自覚させるものである。
記念すぺき開府八百五十年の年にあたり、本企画をまとめられた多田屋さんの労苦に敬意を表するとともに、
「千葉市郷土カルタ」が市内各家庭の茶の間で、親子の対話を交えながら活用されるよう期待する。
「千葉市郷土カルタ」を推薦する
千葉開府八百五十年記念事業
市民実行委員会・会長
楠原 信一
わたしたちの郷土干葉市は、今、全国でも代表的な都市にまで成長しました。
こうした発展著しい干葉市の起源を歴史に求めますと、大治元年(一一二六)六月一日、
千葉常重が亥鼻山に館を築いた時に始まり、この年から数えて本年は八百五十年目を迎えました。
この間、千葉市は千葉氏の繁栄と衰退、戦国から江戸時代、さらに明治、大正、昭和と星霜を重ねてきましたが、
いつの時代にあっても街づ<>
私ども「千葉開府八百五十年記念事業市民実行委員会」は、この開府八百五十年を契機として、
「知ろう愛そうつくろう郷土千葉」を合言葉に、郷土の歴史を知り、郷土を愛しながら、
さらに住みよい千葉市をつくるための記念行事、事業を進めておりますが、
このたび、永年郷土文化の向上に尽力されております「多田屋」さんから「千葉市郷土カルタ」が発行されましたことは、
誠に時宜を得た好企画であると思います。
郷土の歴史はまた郷土の未来をうつす鏡であり、次代を担う子供たちがカルタ遊びを通して、
郷土のあゆみを学び、それをこころの糧として、千葉市の未来を創造する郷土愛を培ってほしいものです。
この「千葉市郷土カルタ」が多くの人々に愛されるよう期待し、おすすめいたします。
監修 武田宗久(千葉市史編纂委員)
編集協力 金親俊太郎(元千葉市史編纂事務局長)
鳥海宗一郎(千葉市史編纂委員会幹事)
石井 正雄(「伸びゆく千葉市」編集委員)
今井 公子(千葉市史編纂事務局員)
執筆協力 「伸びゆく千葉市」編集委員会
日暮 孟 (市立轟町中学校長)
高梨 和明(市立椿森中学校教諭)
大堀 幸三(市立花園中学校教諭)
木埜山義弘(市立松ヶ丘中学校教諭)
大野繁三郎(市立川戸中学校教諭)
須藤 伸男(市立真砂第二中学校教諭)