ね ねぎ おおは 野菜どころの塩田町

かるた絵札

ねぎ

おおは

野菜(やさい)どころの塩田町(しおだちょう)


 塩田町は、昔塩田新田と言われた北生実村の開墾地でありました。明治22年北生実2区となり、塩田町と独立したのは昭和30年であります。もともと土地が低く洪水の時など海水の差し込むところから、変態仮名で志本多と書かれ、つぎに汐田となり、更に塩田となりました。

 昭和7年の資料によれば「塩田は農業を主なる生業としたるも近年野菜の栽培盛んにして婦女子の都会に作物を行商するもの多く、其日其日の入金多く現今野菜の他の物価に比し高価なるため、家庭経済は生浜町随一にして・・・・」と書かれています。

 この地の深ねぎ(長ねぎ)、漬物にする大葉菜、なす、きゅうり、トマトは特産物でありました。