明治八年、鍛治屋敷・深川・幕内・柳原の四ヵ村が合併して成立した。若松県に所属し、明治九年よりは三県合併により福島県所属となり、同十年一部が若松市片柳町の一部に編入された。同二十年における戸数一三九戸、人口八二〇人、同二十二年、黒川・高瀬・高久・南四合・中四合・北四合の六ヵ村が合併し、神指村をおこしてからは同村の大字となり、昭和三十年一月一日、若松市と合併してからは神指町を冠称し、会津若松市の大字となる。
昭和四十年、一部が現行の御旗町・日吉町となる。
南四合(みなみしごう)
明治八年、鍛治屋敷・深川・幕内・柳原の四ヵ村が合併して成立した。若松県に所属し、明治九年よりは三県合併により福島県所属となり、同十年一部が若松市片柳町の一部に編入された。同二十年における戸数一三九戸、人口八二〇人、同二十二年、黒川・高瀬・高久・南四合・中四合・北四合の六ヵ村が合併し、神指村をおこしてからは同村の大字となり、昭和三十年一月一日、若松市と合併してからは神指町を冠称し、会津若松市の大字となる。
昭和四十年、一部が現行の御旗町・日吉町となる。