萩原六地蔵堂のある集落である。「羽黒」の地名は羽黒神社に由来する。
羽黒神社というのは『新編会津風土記』によれば次のようになっている。
「本郷村(現、本郷町)東七町計、向羽黒山北の小峯にあり、-中略-昔天平の頃行基此国に来り、南青木組湯本村東光寺を草創し羽黒権現を勧請す。当社の神像も行基作の霊像にして、中頃此山の頂上に鎮座あり、永禄四年(一五六一)葦名氏城築の時、今の地に移し-中略-天正十七年(一五八九)葦名氏亡て後殿宇廃毀せり、近世村民力を勠せて僅に再興す。-後略-。」
また『旧事雑考』暦応二年(一三三九)の記として、「羽黒権現が南青木組一ノ堰の端村飯田島に移った。其の後応永(一三九四~一四二七)の初めの頃か此山の頂上に移してから此山を今羽黒と言った。飯田島は其迹ゆえ今羽黒と言うに対して本羽黒と言うようになった。」とある。