・中島(なかじま)

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 中嶋とも書く。この辺を流れていた阿賀川(大川)の中州であったところからこの地名がついた。

 応仁元年(一四六七)中島越中實澄が東西十八間南北二十五間の柵を築いて住んだとある。化政期の戸数は十二戸。

 明治八年に花坂村、松原新田村と合併して岩見崎村となり、同十年に面沢村と合併、面川村の小字となった。