「東山」の由来と沿革

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 旧東山村は、藩政時代南青木組に所属していた湯川流域の九か村を母体にして、明治二十二年に誕生した合併村である。

 東山村が成立するまでには、変遷表に見られるような経過があるわけであるが、『東山小学校沿革誌』は、明治六年以降の各村の動きを興味深く記録している。その内容を要約すると、

青木・小田・慶山・天寧・院内・湯本・湯川の各村の戸長、および学区取締等が協議を重ね、明治六年四月五日に天寧寺の一部約五〇坪を借りうけて、下等小学校を設立し、石山小学校と称した。

その後、明治十三年に黒岩小学校が設置されて、青木村、小田村が分離し、明治十六年に石山・湯本・湯川の三村をもって一学区とするということが正式に決定し、北会津郡第九学区に指定された。-後略-

ということである。

 明治八年の第一次郷村合併以前に石山小学校が開設され、第二次統合で東山村が成立する六年も前に、石山・湯本・湯川の三地区は同一学区として連帯を深める関係になっている。こうした経過から考察すると、小学校の学区の編成と行政区の合併統合の政策は表裏一体のものであり、教育問題の方を一歩先行させて、合併への既成事実を積みあげていったようにもうけとれる。


旧東山村変遷表


   玄如節

夏は河鹿や 秋には紅葉
  冬は雪見の東山

伏見滝やら 雨降り滝に
  夏の涼みは 東山

わしが国さで 見せたいものは
  石部桜に東山

とひゃれとひゃれと 天寧獅子が
 春の彼岸に悪魔除け