・台町

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 東西に通る願成就寺前通りの西端から北に入り、阿弥陀町の角までの通りで、長さ一町二十四間(約一五三メートル)、幅三間(約五・五メートル)余で、家数は十七軒あった。

 屋敷町より北の方の町を〝浄光寺町〟とも呼んだが、昔この地に、井上浄光寺が建っていたからである。

 台町という町名は、町が他町よりも高く、台状をなしているためにつけられた町名である。現在も、徒町から短い距離ではあるがダラダラ坂を登る。


旧台町の現在(徒町側より)

 この町の東側に薬師堂、別当延寿院があったが今は無い。

 中世の町の様子はわからないが、寛文元年(一六六一)に古手(古着)の仲間組織に入っていた者が二人あり、明治元年に肴屋が二軒営業している。

 昭和四十一年九月の新住居表示で〝宮町〟になった。

(中村とし)