・六軒丁

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 下隍端の西に続き、徒町口郭門の横通りより外郭の濠端を西に屈曲し、北に折れて下長丁に至る一町三十一間(約一六六メートル)、幅二間(約三・六メートル)の小路で、かつて、徒士の屋敷が六軒あったことからこのように呼ばれるようになったのであろうが、化政期における家数は通りの名より多くて、十一軒を数えた。

 今は、この通りの殆んどが会津工業高校のグランドとなっている。

(小林)