井上浄光寺の東側を、南は上長丁より、北は湯本(東山)通りに至る、長さ一町三十間(約一六四メートル)、幅三間(約五・五メートル)の横通りで、昔、この通りに工匠を置いていたのでこの名があり、化政期頃には二十五軒の工匠たちの住居があった。
現在は往時の面影を全く残しておらず、南千石三番一号の●●氏宅の東脇水田から、東山通りの同町三番三十七号の佐藤製果店脇に北進する通りであった。
(小林)
・東大工丁
井上浄光寺の東側を、南は上長丁より、北は湯本(東山)通りに至る、長さ一町三十間(約一六四メートル)、幅三間(約五・五メートル)の横通りで、昔、この通りに工匠を置いていたのでこの名があり、化政期頃には二十五軒の工匠たちの住居があった。
現在は往時の面影を全く残しておらず、南千石三番一号の●●氏宅の東脇水田から、東山通りの同町三番三十七号の佐藤製果店脇に北進する通りであった。