・法林寺前通

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 浄光寺前通りの西に並び、南は隍端通りより、北は願成就寺前通りの法林寺門前に至る長さ一町十九間(約一四四メートル)、幅二間(約三・六メートル)の小路で、化政期頃の家数は五軒であった。北端の法林寺に通ずる横通りゆえ、このように呼ばれた。

 この法林寺は、蒲生秀行が会津に再封された際、宇都宮から移された寺であったが、いつの頃からか廃寺となった。境内には観音堂があって、町廻り三十三観音の第二十八番札所になっていた。「春霞秋の紅葉に染めなして 奥ゆかしきは法林の寺」 これが御詠歌であった。昭和の初め頃まであって、高巖寺に吸収された。

 昭和二十六年、千石町と一ノ丁通りを結ぶ産業道路が、失業対策事業として完成しているが、この道路は廃寺跡の西部を通り、新町名でいう南千石町一番の八号から、十五号まではかつて同寺の境内であった。

 法林寺前通りの南限は、今の東邦銀行花春店駐車場までである。

(小林)

法林寺前通りの現在