・鉄炮町 てっぽうちょう
弓丁の南に並んだ通りで、「鉄砲組の足軽多く居る故名とす」とあるように、鉄砲は当時足軽のもつものであったからこの名があったのであろう。
今の国道の通りから東へ県立会津高校へゆく太い道路がそれらしい。土地の古老に聞いたら、昔はこの通りを〝鉄砲丁〟といい、リヤカーがやっと通れる道幅であったが、昭和十年頃から会津中学校(現高校)の敷地に通じる道路として拡張されたものだと語ってくれた。
幕末の古地図で見ると、この鉄砲丁と弓丁の間にもう一本、〝ナカノ丁〟というのがあったように出ている。