二番丁の北に並び、東は西通りに通ずる長さ五十二間(約九四・一メートル)、幅一間(約一・八メートル)の道で、その西端は逆丁字型に横通りとなって、その南は石塚向丁に、北は四番丁に連ながっていた。現在の位置でいうと市営住宅湯川団地の南部を東西に走っていたことになるが、今、昔の道形はない。
文化期における家数は十三軒であった。
(小島)
・三番丁
二番丁の北に並び、東は西通りに通ずる長さ五十二間(約九四・一メートル)、幅一間(約一・八メートル)の道で、その西端は逆丁字型に横通りとなって、その南は石塚向丁に、北は四番丁に連ながっていた。現在の位置でいうと市営住宅湯川団地の南部を東西に走っていたことになるが、今、昔の道形はない。
文化期における家数は十三軒であった。