半兵衛町には、烏橋通ともうひと筋の小路が南側にあって、この通りを袋丁とよんでいた。河原町大橋(川原町橋)東側、橋のたもとから北の方新丁に入って、その中ほどから西と北に折れて烏橋のたもとに出る道で、むかしはここで行き止まりになって袋小路となっていた。このことから袋丁とよんでいたもので、道幅もせまくわずか九尺(およそ二・七メートル)であったが、家数は二七軒あった。この通りが湯川の土手に出たあたりの対岸は船着場であった。
(本田)
・袋丁
半兵衛町には、烏橋通ともうひと筋の小路が南側にあって、この通りを袋丁とよんでいた。河原町大橋(川原町橋)東側、橋のたもとから北の方新丁に入って、その中ほどから西と北に折れて烏橋のたもとに出る道で、むかしはここで行き止まりになって袋小路となっていた。このことから袋丁とよんでいたもので、道幅もせまくわずか九尺(およそ二・七メートル)であったが、家数は二七軒あった。この通りが湯川の土手に出たあたりの対岸は船着場であった。