第七章 江戸時代(第十一節~第十四節)

第十一節 村の取締と消防452
取締のあらまし
五人組と盗賊改め
取締のいろいろ
幕末の騒擾と村の自衛
村の消防
第十二節 街道と関所462
一 道路交通の発展
延喜式にある官道  五街道  水戸佐倉道  街道の通行  飛脚
二 区内の街道と古い道
元佐倉道と佐倉街道  行徳道  岩槻道  古い道  村々の橋
三 渡し
江戸川筋の渡し  中川筋の渡し  新川や小松川境川の渡し
四 関所
幕府の交通政策  小岩・市川関所  関所の通行  紀行文にみる関所  常燈明と番所町
第十三節 治水と水運492
一 河川の変遷
江戸川  中川  新川  一之江境川  小松川境川
二 普請
普請のいろいろ  公儀御普請と自普請  堤川除御普請  普請と村の負担
普請に関する議定の一例
三 水防と囲築
四 川浚いと藻刈り
あらまし  小松川境川の川浚い  新川の川浚い  藻刈り
五 水運
航路と川船  江戸川の舟運  なま船となま街道  干魚などの輸送  行徳の長渡船
新川の曳舟  中川番所
第十四節 江戸川区と鷹狩538
一 江戸時代初期の放鷹
放鷹の歴史  家康の放鷹  御拳の鶴の内裏への献上  家康・秀忠の葛西方面放鷹
二 放鷹制の制定と廃止
御鷹場の設定  家光の放鷹  家光と下平井村の源右衛門  放鷹制の廃止
三 放鷹の職制
職名  餌差  鳥見組頭・鳥見衆  網奉行・殺生奉行
四 放鷹制再興
鷹匠の再置  鷹番の設定  鳥見役宅  鶴の飼付場
五 放鷹の種類
雉御成・鶉御成など  鶴御成  鶴の飼付
六 網差甚内
甚内家  網差の名の由来  牧戸姓から加納姓へ  甚内の新田開発
甚内の死とその家族  網差東七  網差源太郎  加納家系譜
七 吉宗時代の放鷹
吉宗の区内放鷹の記録  江戸川区内での鷹狩の獲物
八 吉宗以後の放鷹
小菅御殿  家重以降の放鷹
九 鷹場の禁制
十 放鷹と夫役
二四〇年間の夫役  鷹野の維持等の夫役  鷹狩に関する夫役  鷹野と下の割の夫役
御上物等の夫役  放鷹と農耕  霞才料と霞品々
十一 御膳所
十二 将軍以外の鷹野
十三 放鷹制の終焉
十四 鹿狩と江戸川区
江戸時代初期の鹿狩  大規模な鹿狩の実施  勢子の作業  当日将軍の動静  御同勢道  鹿狩の夫役