江戸川区指定無形文化財・工芸技術
技術保持者 吉田 博
木目込人形は、京都の上賀茂神社の祭事用柳筥(奉納箱)を作った職人が、その残片で人形を作ったのをはじまりとします。当初は賀茂人形あるいは賀茂川人形などといいましたが、胴体の木地に筋目をつけ、そこに衣裳地を木目込んで作られたことから、木目込人形ともよばれました。この人形技法が江戸中期ころに江戸に伝わり、その後江戸風の木目込人形として発展しました。木を素材としたもののほか、桐塑が使われるようになり、さらに頭と手足に素焼きを用いたものも作られています。
吉田博さんは、1922年(大正11)生まれ。号は玉峰。1936年(昭和11)に人形作家岡本玉水氏に入門し、1948年に独立しました。師匠の玉水は本名岡本久雄、代々の木目込人形師で、本所、浅草と居を移し、吉田さんが入門したときには根岸(台東区)におりました。現在もそのご子孫が根岸で木目込人形師として健在らしいと聞いています。また、「江戸木目込人形」の名称は、江戸時代から江戸で発達し、継承されている技法であることを示すために、山田徳兵衛氏(吉徳)によって命名されたといいます。
吉田さんは注文による量産にも応じていますが、すべて手作りで、全工程をひとりでおこないます。
製作は原型造りからはじまります。大きさ、姿態、表情、衣裳などの構成を考え、人形をデッサンし、髪型や全体の構成を決めます。粘土でおおまかなポーズを作り、しだいに正確な原型に仕上げます。
原型は、前半部(胴なら腹面)と後半部(胴なら背面)に分けて、人形各部のポーズに応じて型割りをし、釜木という枠に置いて、鉄鍋で溶かした硫黄を柄杓でゆっくりと一杯に流し込んで、型を作ります。固まったら静かに引き上げて取り外します。これを釜といいます。
桐材の中粉と生麩糊を混ぜ、十分に練り上げます。これを桐塑といいます。型抜きした胴体の前半部と後半部の釜に桐塑を1~1.5cm位の厚さに詰めます。中央部は乾燥を早めるために中空にしておき、合わせて重ねます。崩さないように注意しながら釜を上から軽く叩いて静かに引上げ、中の素地を抜き取ります。こうして作られた素地を「ヌキ」といいます。これを乾燥室(ホイロ)に入れ、約60℃で五日間乾燥します。
乾燥したら、余分な箇所を切り出しなどで削り落とすとともに、乾燥中に生じたヒビ割れ、型崩れなどの箇所に竹ベラを使って桐塑を補修し、自然乾燥ののち、全体を紙やすりで磨いて、滑らかに仕上げます。地塗り胡粉(牡蠣殼を細かく砕いて微粉状に精製したもの)とニカワを混ぜて牛乳状に溶き、素地全体に地塗り刷毛で薄く一回だけ塗り、自然乾燥させます。
区割りをおこない、区割りをした部分を上着の順序(たとえば上帯、上衣、襟、重ね目、合わせ目、下着、裾の順)にしたがって、筋彫り(毛彫り)をおこないます。筋彫りは、幅1~1.5mm、深さ2~3mm位の溝を各箇所の条件により筋にそって小刀を入れて溝を彫るものです。頭、手、足の取付け場所にも、小型の丸刀で目印の取付け穴を空けます。
頭、手、足もほぼ同様に作ります。
頭は、置き上げ胡粉(地塗り胡粉とニカワを混ぜ、マヨネーズ状の固さに溶いたもの)を細筆の先につけ、目、鼻、囗の形を盛り上げます。自然乾燥ののち、地塗り胡粉を地塗りの時よりやや濃い目にニカワで溶き、地塗り刷毛で頭全体にすりこんだ後、小型の柄杓で地塗り胡粉を注ぎ、よく滴を切っておきます。これが中塗りで、さら塗りと乾燥を重ねます。
本体ができたら、人形の種類、様式、姿態などによって、木目込む衣裳地の種類、柄、配色などを慎重に選定します。そして、着付けです。選定し終えた布地の裏に型紙を当てながら、布目などを合わせて筆墨で線書きをし、各々切りそろえ、寒梅粉(糯米を煎って粉にしたもの)を水に溶き、竹ベラで練って、つきたての餅くらいの固さにし、この糊を目打ちの先につけ、筋彫りの溝に目打ちを指先で回しながら平均に押し込むようにつけます。糊づけをした箇所に、用意した布地をあて、目打ちで筋に軽く布地にスジをつけてから、いったん浮かせ、スジのついた外側の余分な布を切り取ります。布地の切り囗を目打ちの先で筋溝の中に入り込むように目打ちを回しながら、下着の部分からはじめて、重ね着、上着、袴、裾、帯などの順に合わせ目や重ね目の箇所の布地の表面を押すようにして、着せていきます。
そして、面相を書き入れます。髪型の種類に合わせて、前髪と後髪の生え際に、それぞれ面相用小筆に濃い墨をつけて、生え際の感じも書き入れます。これに毛吹きといって、頭髪をつけ、結い上げて髪型を整えます。
頭部を胴部の首穴に一度合わせてから、寒梅粉の糊を付け、糊が首穴からはみ出さないように注意して頭を差し込み、同様にして、手足をそれぞれの穴に組付けます。自然乾燥ののち、入念に点検して仕上げます。
江戸川区伝統工芸会会員。1979年(昭和54)には通産省から伝統工芸士(江戸木目込人形)に認定され、ついで1982年には東京都伝統工芸士(江戸木目込人形)に認定されています。
1955年(昭和30)現代人形展朝日新聞社賞。1956年、日本伝統工芸展初入選。1981年、東京都功労者知事表彰。1988年、第5回江戸川区伝統工芸会工芸展区長賞。1989年(平成1)、関東通商産業局長表彰。1990年、第7回江戸川区伝統工芸会工芸展教育委員会賞。現在、伝統的工芸産業振興委員として、後継者養成の研修会講師も勤めています。