◆ 「ヒ」と「シ」の区別ができない。
私の彦田は「ヒコタ」が正しいのに、葛西では誰一人として「ヒコタさん」と呼んでくれない。みんな「シコタさん」なのである。言われる私自身が「シコタです」と名乗るのだから、他人の言うことも間違いであるとは思っていない。時には五十音順の名簿にも「ヒ」の欄には無く、「シ」の仲間入りしている場合がある。
「シコタさんがシコウキに乗ってシガシの空へ飛んで行った」と言われても不思議に感じない。
また、「ヒ」が「ヘ」と変化して発音されることがある。
「酷い(ひどい)」は普通〈シデぇ〉と言うが、時には〈ヘデぇ〉と発音したりする。「秀子さん」が〈シデコさん〉を通り越して〈ヘデコさん〉になりかねない。
◆ 「イ」を「エ」と発音することがある。
私が中学五年生の頃、或る空き地に小さな立看板が立てられていた。文字は地主が書いたらしいが、それを見た時、失礼ながら思わず失笑してしまった。
「此の中イ、はエるべからず」
発音どおりに書いたものとみえて、「え(へ)」と書くべきところに「イ」、「い」と書かなければならないところが「エ」と書かれていたのである。
また、南の国「印度」のことを「エンド」と言うこともあった。
「エンド」と言っても英語の「終わり」を意味するわけではない。これも「イ」を「エ」と発音する例である。
「ヒ」を「ヘ」、「イ」を「エ」と発音することに何か法則らしいものが有るのかどうかは判からない。
◆ 発音で「ん」が矢鱈に多い。
特に、「・・・・が」「・・・・する」の「が」や「る」の殆どが「ん」になる。
【例】
「私が運転するよ」は「オレん運転すんよ」
その他、助詞が「ん」になり、動詞の終止形の「る」や助動詞の「る」が「ん」になるなど多用されている。
◆ 海上や田畑の広いところで、距離の離れた者と会話する機会が多かったこともありそうだが、一般に声が大きく、言葉も短く縮めた発音が多いようである。言葉が粗雑で乱暴に聞こえるのも、そうした環境に関係がありそうな気がする。
◆ 葛西弁の収集に当たって気のついたことだが、葛西の方言にはいわゆる「江戸弁」が大きく影響しているようである。
古典落語を聴いていると、私が葛西の方言とばかり思っていた言葉の出てくることが屡々である。
つい先日も、江戸ッ子の会話として「ヤベ」という言葉があった。
「ヤベ」とは「来い」という意味だが、これを八ッつぁん・熊さんも使っていたのかと思うと、何故か、長屋に住んで大声で喋っていた江戸ッ子が益々身近に感じられてきたのである。