わが町葛西の方言 四

 私がこどもの頃、つまり昭和十年代の葛西では、現在と比べて生活水準が極めて低かったが、それは貧乏人だからというだけではなく、世間一般のことで仕方がなかった。
 その頃の生活の様子を思い出しながら友人たちに語ってもらおう。
 「食うもんも〈ツマシかった〉(質素だった)ねぇ。朝は〈オツケ 一覧031〉(味噌汁)と〈コウコ 一覧102〉(漬物)ってメニューは、どこの家(うち)でも決まってた」
 「〈海苔やってん家は〉(海苔を生産している家は)冬場だけは朝でも海苔ん食えたけど、それだってマトモなのは食えねぇ。〈オッキレ 一覧049〉(切れたもの)だとか〈オカメ 一覧039-2〉(出来上がりが不出来なもの)で、売り物んなんねのバッケだったもんね」
 「学校の〈ベント〉(弁当)は、冬なら〈海苔弁バッケ 一覧257〉(海苔弁ばかり)で、他にゃカツブシベントも多かったね。〈オラァ〉(俺は)ベントに卵焼き入れてもらったことんあったけど、その日はベントの時間が待ち遠しかったっけ。ベントバコの蓋開けたら〈マアリのモン〉(周囲の者)が羨ましがったっけよ」
 「卵なんか貴重品で〈食うドコンジャなかった〉(食べるどころじゃなかった)。運動会だの遠足だのに茹卵を持って行かれれば上等だったもん」
 「重箱に〈スクモ 一覧178〉(籾殻)入れて、そこへ卵の七つも詰めれば〈サンミメェ 一覧122〉(お産見舞い)なんかに立派なもんだったからね」
 「親戚に〈シュウゲン 一覧135〉(結婚式)でもあんと、〈チャン〉(父親)が〈オリ 一覧050〉(折詰め料理)貰って〈クンノん〉(来るのが)楽しみで、寝ねで待ってたっけ。シュウゲンがそんなに早くオシラキんなんわけあねえから、キントンだの蒲鉾だのの夢ぇ見ながら寝ちゃぁ。朝んなって〈オッカん〉(母親が)折りの中身を一つッつ、ウチのもんの数に合わせて切ってくれんだけど、『あれん〈エッケェ 一覧026-2〉(大きい)『こっちンエッカそうだ』って思いながら包丁を見てただから、オラぁ〈ハナッポロ 一覧259〉(食いしんぼう)だったのかねぇ」
 「誰だってそうだったよ。普段〈ウンメェもん〉(美味しいもの)なんか食ぇねだから、そんな時ァ〈ガズガズ 一覧067〉(意地汚く)しちゃぁもんだよ」
 「今でも〈ゴウハラ〉(口惜しい)だったのを〈オベェてん〉(憶えてる)だけど、小学校二年くれぇな時、チャンがメロン貰って来たことんあんだ。絵じゃ見てたけど実物なんか見たこともねぇもんだから、早く食いたくって〈シャンネ 一覧127-2〉(仕様がない)で、『早く食うべ』って言っただんべね。チャンは〈クイコーベ 一覧084〉(食べ頃)んなんまで待ってろって言ったらしかった。ところん、俺ん〈ヤンガンでも 一覧304〉(是が非でも)〈クウだ〉(食べるんだ)って〈ジクジャレ 一覧137〉(駄々をこね)て、とうとう切ってもらった。チャンが言ってたようにウンマくなかった。一回口に入れたのを〈ホキ出した 一覧285〉(吐き出した)から、『〈ホレ、見ヤガレ〉(ほれ見ろ)チャンが言ったとおりだんべ。このヤロぁ一度言い出したら親ん言うことにも〈ウナミもフンネ 一覧021〉(耳を貸さない)から・・・』って言ったっけよ」
 「〈オメらぁ〉(あんたたち)肉ぁチョクチョク食ったか?」
 「〈クえんわけぁあんめぇ〉(食えるわけはないでしょう) 肉なんか〈このマアリ〉(この付近) じゃ売ってなかったし、売ってたってなかなか買ァなかった。〈オラガン 一覧051〉(私の家では)じゃ肉の味なんか忘れた時分に、卵オ産まなくなった〈ババットリ 一覧256〉(老いた鶏)を〈シネン〉(殺す)とか、浜で鴨の〈ヌケ 一覧241〉(猟銃で射たれて傷ついた鳥)獲(と)って来た時に食ったりした」
 「たぁまに、どっかで肉買ってきても、細切れ少々だもんね」
 「どこのウチだってそうだよ。家族ん〈エラァエンから 一覧028〉(多人数居るから)大鍋で煮んだけど、鍋ん中ぁ葱バッケで、目ぇ皿にして肉ぅ〈メッケテも〉(捜しても)〈メッカんね 一覧299-2〉(見つからない)。お汁(つゆ)に〈ギラ 一覧072〉(脂)ん浮いてんから肉ん〈ヘッテ〉(入って)んだんべって思ぉくれなもんだった」
 「オレん、今でもオベェてんなぁ終戦後の甘ぇもんの無かった時分、〈ハラミット 一覧260〉(妊婦)に〝おしるこ〟ってのん配給んなったことんあんだよ、モナカみてんなってて、〈オワンコん中 一覧040〉(お椀の中)にそれと湯を入れて〈カンマス 一覧063〉(かき回す)と出来上がんだから、キョウビのインスタントだね。今じゃ食えたもんじゃあんめぇ。だけど甘ぇもんのねぇ時だから、どこだったかなぁ?、自転車で〈ウナラカシて 一覧023-1〉(勢いよく走る)行った。〈ネエサン〉(義姉)が〈ミモチ 一覧294〉(妊娠)してたからよ。
 配給所へ行ったって、様子んわかんねから〈エチャモチャ 一覧029〉(まごまご)してたけど、いつんなってもダァレも出てきねぇだよ。店のメエで〈カッチャガンで 一覧064〉(しゃがんで)たァ。そしたら〈チョットたって〉(少しして)から〈ドチャッポ 一覧231〉(身長の低い)で〈ジャンカっ面 一覧138〉(でこぼこの顔)したのん出てきたっけん、〈ジャマゲト 一覧139〉(邪魔だ)ってだんべね、〈テンキリ〉(いきなり)ウナリツケられちゃって〈ウスッキモいれ 一覧022〉(癪にさわる)たっけよ」
 「あの時分は配給所の奴らん〈オーフ 一覧041〉(無愛想で横柄)だったからねぇ」
 「今ぁオメェ、甘ぇもんなんか〈アクネちゃって 一覧006〉(もてあまして)んもんね。世の中ん〈カアッタ〉(変わった)だよ」
 「あの時分にゃ、ゼネでも物でも〈ケッチャク 一覧095〉(節約)にしなくっちゃいけなかったし、食うもんが無かっただから〈クイッカ 一覧085〉(食事の支度)すんオッカらも〈ヤニッケぇ 一覧305〉(どのくらい)苦労したかしれめぇ」
 「だからオメ、キョウビの若ぇテらん、ちょっと無駄なことおすれば〈ショテぇ知らず 一覧140〉(家計のやりくりを考えないで浪費する人)だとか〈ノギラク 一覧247〉(ノンキ者)って言いたくなんだよ」
 こうした懐旧談になると、話もなかなか終わらない。