わが町葛西の方言 六

 近頃の若い人たちは常識とか公徳心が欠けているという言葉を耳にすることが多い。確かに、私たちの年代の者には考えられない非常識な者が居る。しかし、総ての青年がそうであると私は考えたくない。
 ただ、価値観が違うことによって考え方のズレがあるだけなのだろう。
 ひと口に「近頃の若い者は」と言いたがる年代の人たちの話を要約してみよう。この中で「昔は・・・」というのは五・六十年前のことと認識してもらえば間違いない。(単語以外は共通語)
 
◆ このごろの〈アマッコ 一覧009-2〉(女の子〉の〈ナリ〉(服装)は、どうなんだ。ヘソや〈チッコ 一覧205〉(乳)まで出して・・・。〈ポーポ掛け 一覧286〉(竹筒で鰻などを獲った漁師)の仕事着だって、もう少しマシだった。
 昔は、あんな〈ステー 一覧175-1〉(だらしない服装)していれば〈オビンズル 一覧045〉(おひきずり)と言われて、嫁の貰いテが無かった。
 尤も、〈ヤロら〉(男の子たち)の服装も〈シデぇ〉(ひどい)もので、ヨレヨレのズボンは〈シザ〉(膝)が〈ツンぬけ 一覧213〉(抜け)て、シャツはズボンの外から〈ケツ〉(尻)の方まで出してたり、靴は〈スッペって 一覧176〉(擦りへって)〈ビッタラ 一覧264〉(平たい)になったのをズルズル〈シキズッて〉(ひきずって)いる。男のくせに耳の飾りを付けているから呆れる。男も女も頭髪(あたま)が〈ザンガブッて 一覧120〉(覆いかぶさって)、それを茶色く染めていたりするから〈カンニンできねぇ〉(許せない)気持になる。後ろから行って〈フングネて 一覧272-2〉(踏みつけて)やりたくなる。
 あんな、〈ダラボシ 一覧193〉(肥溜め)に落ちたような〈ダチャクチャねぇ 一覧195〉(だらしない)ナリをしてディスコなんかでは〈目ぇキバメて 一覧076〉(夢中で、真剣な顔で)〈ドチ狂って 一覧232〉(大騒ぎで)いるそうだから呆れたものだ。
 
◆ 国勢調査でアパートへ行ったら、もうオテントサマは〈ソラナカ 一覧186〉(たいへん高い所)で〈マンド 一覧291〉(光が非常に明るい)なのに、まだ〈フサって 一覧275〉(寝て)いたらしい。〈シツッコく〉(ひつこく)声を掛けたら、やっと出てきたが、〈オビシロメ 一覧046〉(帯を締めない、だらしない姿)だった。
 なんて言うかと思ったら、「こんな早く起こさないでよ」と、〈キンキラ声 一覧077〉(甲高い声)で怒っている。「こんなに早く」と言っても、もうお昼近いのだから、普通の人なら怒るほど早くはない筈だ。〈鼻ッピシャゲ 一覧263〉(鼻が低い)で、描いた〈マミヤ 一覧292〉(眉毛〉も〈オッコッチャッて〉(落ちてしまって)〈ヨーセ 一覧311〉(貧弱な体)の女だった。
 〈キダレ 一覧079〉(着るもの)だって〈アラモン 一覧010〉(新品)が格安で売っているのに、乞食みたいな〈ステー 一覧175-2〉(粗末で、だらしない服装)をしなくてもよさそうなものだ。
 何処で生まれたか知らないが、親たちからすれば〈シヤマシモン 一覧143〉(厄介者)だろう。こういう女でも、結構〈オンバ 一覧055〉(オールドミス)にならないで、同じような〈ノテ 一覧250〉(能天気でお調子者)な男と〈クッツキ 一覧087〉(恋愛結婚)になるのだろうが、〈イジョウマンジョー 一覧015-1〉(どこまでも)〈カテぇメシは食えめぇ〉(固いご飯、つまり楽な生活は出来まい)。
 
◆ 振り返って、昔の葛西にも、いろいろな人がいろいろな話題を残したものだが、その一人に「花魁(おいらん)」と言われた人が居る。
 人並み〈ウワッカ 一覧020〉(上)の〈シャレモン 一覧162〉(お洒落な人)で着る物を一日に何回も換えたことから、みんなに「花魁のようだ」と言われたのが始まりであるらしい。そうは言っても、彼は仕事をしないでお酒落していたわけではなく、仕事は〈ミッチリイッペ 一覧295〉(精いっぱい)やって、休みの日などにお洒落したようだ。
 彼は仕事が上手で、或る時は〈コシマキ 一覧105-2〉(海で貝を採る方法)で〈ベカ〉(一人乗りの小舟)に、貝を〈グンビリイッペ 一覧088〉(山盛り一杯)に採ったから、舟を漕いて帰るのに〈シッチャった〉(大いに骨をおった)という伝説のような話もある。
 彼はまた〈ヨーツリ 一覧312〉(魚釣り)が好きで、休みの日には〈カッツァれば 一覧066〉(暇さえあれば、機会あるごとに)池へ行って釣りをする。彼の釣る場所は決まっていて、池の〈スマッコ 一覧170〉(隅)の方に〈ボンガ 一覧287〉(棒)を立ててあった。この場所に来ると彼は〈キボッカ 一覧075〉(棒きれ)で、そっと〈ムク 一覧296〉(藻)をかき分けてから糸を垂らすのだった。
 「あの人は〈ゲーゲージだ 一覧099〉(寒がり屋だ)」と言われていたが、そういえば、冬はいつも〈ネズッコ 一覧245〉(うなじ)に襟巻きをしていた。釣りが始まると、家の者が呼びにきても、少しくらいの用事では家に帰ろうなんて〈ソッツはしねぇ 一覧187〉(素振りもしない)。
 池は〈シカゲッチョ 一覧155〉(日当りの悪い場所)にあったから、冬は〈ステンパレ 一覧171〉(雲一つ無い快晴)の日でも寒いのは当然だ。そうなると、彼は、近くから燃えるものを集めてきて焚火する。
 或る日、例によって焚火をしていたが〈ケブ 一覧100〉(煙)が〈エビー 一覧030〉(けむい)ので、ちょっと横へ寄ったら、〈アンベ悪く〉(具合が悪く)この〈ジビタ 一覧156〉(地面)に〈アナッコ 一覧007〉(穴)があって〈タタックルゲッて 一覧196〉(ひっくり返って)しまった。
 「イテテッ・・・」と言っている時、焚火の火が枯草に燃え移ったのだ。近くには藁が〈ダンズカ 一覧197〉(山積み)になっていたから、これに火がついたら大変なことになる。
 オイランさんは、釣竿を〈ボッポリ出して 一覧288〉(投げ出して)釣った魚を入れたバケツで池の水を〈カッチャクり 一覧069〉(掬い)ながら消火に努めた。そうなると〈チットぐれな〉(少しぐらいな)水では〈カッタンネ 一覧068〉(たしにならない)から、慌てた。せっかく釣った魚は〈ブンマケちゃ 一覧276〉(全部、放り出してしまう)し、自分の体は〈ドロボッケ 一覧229〉(泥だらけ)になるし、散々なめにあったそうだ。
 オイランさんがヨーツリしながら焚火をしなくなったのは、そのことがあってからであるといわれる。
 
 ◆ M家一族は、本家も〈シンヤ 一覧157〉(分家)も頭脳(あたま)が良くて〈ハタラキモンのマケ 一覧290〉(働き者の血統)である。
 忠さんはその一族に生まれたのだが、彼だけが〈タランクラン 一覧198〉(少し甘い人)だった。近所では彼のことを〈十三月 一覧144(じゅうさんがつ)〉と言っていた。十二月になっても「まだ十三月がある」と思っている気楽な人と揶揄した言い方であるらしかった。
 何をやらせても〈スクテーんねぇ 一覧172〉(立派にやり遂げる。そつがない)人たちの一族で、忠さんだけが〈ケーリンボ 一覧101〉(品種異変)だったのかもしれない。
 年齢からいって、私とは親子の差があるから、私は忠さんの若い頃のことは知る由もない。
 以下は何十年も前に、或る年寄りから聞いた話である。
 忠さんも、若い頃は普通の〈ワケーシ〉(若い衆)だった。
 その頃はテレビは勿論、ラジオも無く、娯楽といえば一日の仕事を終えてから、夜、若い衆の溜り場に集まって喋り合うことでひと時を過ごすくらいなものだったそうだ。
 そうした或る夏の夜、話は怪談になって、それもひととおり終わった頃、〈オサぁ振ん 一覧048〉(指揮する)年長者の〈シャラク 一覧154〉(計画・指図)で、度胸試しをすることになった。
 当時は、葛西も「町」などというものではなく「部落」と言う方が適切なところだったから、街灯なんか無く、どこの家もランプで、外は月と星の明かりだけが照明といった状態だった。
 その日は〈シナミ 一覧149-2〉(天候)が悪く、時折〈ザラク 一覧121〉(通り雨)があったりして、外は普段よりも一層暗かった。
 度胸試しは、どこそこの家の〈ヌキシタ 一覧243〉(軒下)にぶら下がっているトンモロコシを持ってくること、どこそこの家の〈フサシ 一覧277〉(ひさし)に置いてある植木鉢を持ってくること等々。一人々々に課題が与えられ、それを持ってくる者、返しに行く者とが、それぞれ無事に果たせれば勝負無しの〈ナッキン 一覧237〉(おあいこ)で、どちらかが恐がってやれなければ、その者の負けとなる。
 課題は次々と進行して終わりに近い頃、近くの寺へ行って、墓場から卒塔婆を一本抜いて来る者と返しに行く者が選ばれ、忠さんは卒塔婆を返しに行くことになった。
 お寺へ行くことは、他よりも度胸が要(い)るので、何か起こることが〈アンかもしんね〉(あるかもしれない)。用心のために二~三人が後ろからソッとついて行くことにした。
 さて、卒塔婆は持ち込まれた。次はいよいよ忠さんが墓場へ返しに行く番になった。
 勇躍?して出て行った彼は、外に転がっていた古竹を〈オッカいて 一覧052〉(折って)手にした。そんなものでも持っていれば、いくらか〈ドー強ェぇ 一覧230〉(心強い)のかもしれない。
 なにしろ、どんな化けものに〈デッカさねぇ 一覧222〉(出会わない)とも限らないから。
 日頃、自分のことを〈ワルッツえぇ 一覧314〉(非常に強い)と自慢している忠さんでも、真っ暗な墓場は人並みに〈オッカネぇ 一覧035-2〉(恐い)らしかった。卒塔婆を墓の前の土に刺し終わった時には、もう背中がゾクゾクしていたのだが、立ち去ろうとしたら、土の中から何者かに〈シッパられ〉(ひっぱられ)たから悲鳴をあげそうになった。さんざん怪談を聞いていた後だけに、てっきり亡霊にシッパられたものと思ったのである。一回目はなんとか気を持ち直して歩き出そうとしたが、また浴衣をシッパられ、おまけに、いま刺したばかりの卒塔婆が倒れた。
 ここで彼は腰を抜かし、〈ゴテェんきかなくなって 一覧115〉(体が自由にならなくなって)しまったのである。
 物陰から様子を見ていた二~三人が忠さんを助け起こしながら、よくよく調べたら、彼の浴衣の裾を卒塔婆が〈ツットシて 一覧214〉(突き通して)いた。忠さんが中腰になって卒塔婆を土に刺す時、どうしたことか浴衣の裾を一緒に刺してしまったようである。
 普段から〈ゾンゼッパェぇ 一覧182〉(仕事は早いが粗略)忠さんの一面が出たのかもしれない。それにしても〈ヌルマ 一覧242〉(のろま)なことをしたものである。
 忠さんの頭が少し訝しくなったのは、この時からであるそうだ。
 
◆ 昔も今も、世の中にはオイランさんや忠さんのようなユニークな人が居る一方には、多くの人に嫌われる人も居る。
 Pさんは〈コッペ 一覧108-2〉(理屈屋、知ったかぶり屋)で、我の強い人として嫌われている。
 他人が何か言うと、すぐ〈オボクチ 一覧047〉(ヒョットコの口、つまり口を尖らせて)して反対する。〈クチッチョレ 一覧089〉(口さき)はうまいが〈フンドマリんねぇ 一覧279〉(定見が無い)から、意見も理屈もすぐに行き詰まる。自分の言うことの旗色が悪くなると、「どこそこの犬が、こどもを〈フッカいた 一覧278〉(噛みついた)のが、けしからん」などと、とんでもない方へ話を変えたりするのだから〈カシッケぇ 一覧070〉(狡い)と言われても仕方がない。
 いずれにしても、みんなから嫌われる人なのである。だから、普段から多くの人がPさんに失敗があるのを鵜の目鷹の目で見ていて、チョットしたシクジリも見逃さず〈フレて 一覧269〉(知らせて)歩く。
 或る時、Pさんが〈ニネェ 一覧238〉(担いで水を運ぶ木の桶)に水を入れて〈シッチャゲた 一覧152〉(持ち上げた)まではよかったが、よっぽど〈オモタカッた〉(重かった)らしく、〈ショロショロ〉(ひょろひょろ)して横にあった自転車にブッツカッた。自転車は〈デングルケす 一覧223〉(倒す)し、〈タンマ 一覧199〉(車輪)は〈オンマガる 一覧053〉(曲がる)。ニネェは〈ブックレ 一覧270〉て水はブンまけるで、さんざんだったそうだ。それでも気の毒に思う人がなかったという話である。
 「〈キゲンケ 一覧078〉(お天気やさん)のPさんとは交際(つきあい)きれない」と言う人がある一方で、『キゲンケなだけに、機嫌のいい時に、話をうまく〈オッペす 一覧054〉(押す)と、簡単にまとまるものだ。そのかわり一度こじれると〈イジョウマンジョ 一覧015-2〉(どこまでも)戻らないから気をつけなくてはいけない』と、Pさんの操縦の要領を解説する人も居る。
 Pさんは体が小柄なだけに〈テンジョんきく 一覧226〉(敏捷)から、何をするにも手が早い。
 仲間たちは、物を分けるような場合、Pさんが手を出さないうちに〈テドリベードリ 一覧224〉(先を争って手にする)にするのが得策であることを知っている。
 或る行事の〈スナッパタキ 一覧173〉(行事終了後の慰労会、反省会)で仲間が集まった時、集会所の戸棚からウドン粉を発見した。しかし、Pさん以外の者は、そのウドン粉が〈ネンコ 一覧246〉(古くなって固まった粉)になっていることを知っていたから、誰も手を出そうとしなかったが、〈モッタねぇ 一覧301〉(もったいない)から、誰か家で使ったらどうか?という言葉に、Pさんは〈アガいて 一覧005〉(慾ばって、全部自分のものにしたがる)ウドン粉を全部持ち帰った。
 みんなは、「あのウドン粉がどうなった?」と興味をもったから、後日、Pさんにそのことを訊いてみた。
 固まっているのを崩して使ったら、〈ダマ 一覧200〉(なかなか水に溶けない小さな塊)が多かったそうである。
 自我の強い人、慾の深い人、それぞれ欠点を持つ人は多いが、他人から特別に嫌われるようなことは、できるだけ避けたいものである。