弥生廿九日

   〈要約〉
 ○根本の家の主に誘われ、昼頃から愛宕の山にわらび折りに行く。道の様子は趣があり、いつの間にか山のふもとに萌え出たわらびを折りながら歩いているうち登り終わった。すみれ・ふちな・見たことがない花の色々にも目が止まる。すみれは美しいが二種有ると聞く。葉が細くて長いものが色も特に良い。摘んでみたがこれは良くないことと思い止めた。どんな人だったか、すみれを沢山摘んで食べたら、ひどく患ったと聞いたことを思い出し、独り笑いをした。このような野原や道端など人の通らない所で朽ち果ててしまうのは惜しいことだ。せめて食べるなりしたいと思うのはもっともだ。遠くを見渡せばまず二つとない雪の富士山。判然としない海山の形をたどりながら風情を楽しむ。少し平らな所で酒を酌み交わし、日が暮れるのも気付かず遊んで、帰るのが惜しい。江戸の人々や望義をここに連れてきたらどんなに皆喜ぶだろうかと思った。
 ○すっかり日が暮れて帰ったら、先日訪問した所の人々から唐歌が届いていた。返歌を送った。斐長章という人が瀧子と矢嶋長と野村玄仲と根本伝内の(唐歌の)師である。
   〈註〉
愛宕山 今富村の西南隅にあり高く聳える。老松繁茂し常野の諸山、東京湾、北総沿海の町村、養老沿川の村落悉く目にあつまる風景佳絶なり。(『市原郡誌』より要約抜粋)愛宕山は標高57m位(グーグルアースより)山頂に愛宕神社を祀る。現在は山腹に館山自動車道が通る。
すみれ スミレは山菜としても利用され、葉は天ぷらにしたり、茹でておひたしや和え物になり、花の部分は酢の物や椀ダネにする。ただし他のスミレ科植物、例えばパンジーやニオイスミレなど有毒なものがあるため注意が必要である。ニオイスミレは強い芳香があるが、種子や根茎には神経毒のビオリン等があり、嘔吐や神経マヒを発症することがある。 ―Web情報―