行々林

 行々林(おどろばやし)も古くからの集落である。文献上では、香取神宮の室町時代の記録「香取造営料足納帳」の応永十三年(一四〇六)の記事に、「おどろがうや」「荊荒野」とあるのが、行々林のことであるとする説がある。
 江戸時代には寛文頃(一六六〇年代)一時佐倉藩領となったが、その後は記録がなく、幕末には旗本鈴木氏と町奉行与力に分け与えられていた。
 明治二十二年に豊富村の大字となり、豊富が船橋市に合併した後、昭和三十年の新町名設定に際して難読の行々林を廃し、村の鎮守鈴身(すずみ)神社に因んで鈴身町と改称した。
 行々林の語源については、行けども行けども林が続くので驚いたからという話があるが、これは音と字からこじつけたものである。
 実際の語源説には、①荊(おどろ)は草木の乱れ茂っているさまであり、おどろおどろしに通じ、うっそうとした林の意、②荊蕀(おどろ)林で、いばら等の茂っている林の意、③トドロキ林の転化で、近くに滝や勢いよく水の流れる所か湧く所がある林の意等があるが、この内では①説がやや妥当と思われる。そして「おどろ」に「行々」の字を当てたのは、「ぎょうぎょう」が驚く、あるいはおどろおどろにふさわしいと考えたものであろう。
 
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