下図は、船橋周辺の荘園を示したものです。このうち船橋市内の荘園には、市の中央部に位置する夏見御厨、領域の一部が市域にかかる萱田神保御厨、臼井庄があります。このほか、八幡庄(市川市)に西部地区の一部が入っていたかも知れません。
夏見御厨(船橋御厨)は、伊勢神宮の荘園で、その範囲は、旧船橋町、夏見、金杉、高根、米ヶ崎、東町の一帯と思われます。因みに御厨はもともと台所の意味で、伊勢神宮や賀茂神社の荘園を特に御厨と呼びました。『神宮雑書』に収録された「伊勢大神宮神領注文」によると、夏見御厨は、平安時代の末期、保延4年(1138年)に成立したとされています。当時この辺りで大きな勢力を誇っていた千葉氏が寄進したと思われますが、定かではありません。
萱田神保御厨も伊勢神宮の荘園で、八千代市萱田から市北部の小室、車方、小野田、大神保にかけての地域と考えられます。鎌倉幕府の法令集『新編追加』の1280年代の記事に「取り立てられて数百年」とあり、これは誇張に過ぎるにしても、成立は平安時代の末ごろまで遡ることができそうです。
臼井庄は、千葉一族の臼井氏が支配した地域ですが、寄進先や成立時期については不明です。範囲は、印旛沼流域の四街道、佐倉、八千代の各市にまたがり、船橋の東北部も含まれていました。