江戸前期の下野牧

 下総の馬牧は古代に起源をもつと考えられるものもありますが、下野牧については江戸時代以前のことははっきりしていません。一部には10世紀に成立した『延喜式』に見える「大結牧」をおおゆいまきあるいはおおいまきと読んで意富比神社に結びつけ、船橋近辺にあったとする説もありますが、疑問な点が多いようです。
 江戸時代に入ると、船橋市域の台地の多くが幕府の馬牧とされました。江戸前期の牧場の範囲は必ずしも明確ではありませんが、きわめて広いものであったと想定されます。というのは、延宝年間(1670年代)に成立した神保新田、滝台新田、前原新田、丸山新田、上山新田、藤原新田、行田新田の各畑作村は、だいたいが牧場だった所が開墾されて成立したからです。