第2次「小学校令」と北海道

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 「市制及び町村制」「府県制及び郡制」の公布による地方制度の整備に伴い、23年10月「小学校令」は改正され、新たに8章・96条にわたる詳細な小学校制度が規定された。この改正「小学校令」(以後第2次「小学校令」とする)は勅令として制定され、以後これにならい教育に関する重要法令は議会を経ずに勅令によって制定されることとなった。この第2次「小学校令」の大きな改正点は、第1条で「児童身体ノ発達ニ留意シテ、道徳教育及国民教育ノ基礎並其生活ニ必用ナル普通ノ知識技能ヲ授」ける所と小学校の本旨を規定したことで、そのほか小学簡易科を廃止し、代わりに就学年限を尋常小学校は3、4年、高等小学校は2、3、4年と多様化し、尋常科と高等科を1校に併設した尋常高等小学校の開校も認めた。さらに市町村を小学校の設置単位とし、市町村に「学齢児童ヲ就学セシムルニ足ルヘキ」尋常小学校を設置することを義務付け、設置維持費を負担させ、府県郡を通して国がそれらを監督した。

明治23年に函館公園でおこなわれた勅語奉読式

 
 こうしてわが国の近代学校教育制度はこの時期にほぼ確立するが、この学校教育の根本方針を精神的な面から確定したのが、23年10月に天皇から首相と文相に徳育の箴言(しんげん、戒め)として下賜された「教育ニ関スル勅語」(教育勅語)であり、この教育勅語が以後の我が国の国民教育の根本理念となった。聖旨とし特別の権威をもつ教育勅語は、「小学校祝日大祭日儀式規定」によって学校の儀式のたびに奉読されることとなり、国民の絶対従順すべきものとして国民へ浸透していったのである。
 23年の第2次「小学校令」は付則に「本令ハ市制町村制ヲ施行シタル府県ニ施行スルモノトス(略)」とあり、制定当時市制町村制を施行していない北海道には適用されなかったが、25年の勅令「市町村制ヲ施行セサル地方ノ小学教育規定」により、基本的条項以外で規定によりがたい時は文部大臣の許可を受ることを条件に、28年4月から第2次「小学校令」が北海道でも実施されることになった。第2次「小学校規則」を実施した北海道庁は、まず既存の小学校が関係する区町村を小学校設置区域とし、その区域の戸数や学齢児童概数に応じ既存小学校の修業年限を指定(函館は尋常・高等両科とも修業年限4年)した。さらに「小学校教則大綱」に基き「小学校教則」(28年3月道庁令第10号)を制定し、全道の小学校の修業年限・学科程度あるいは教授要旨などを規定した。
 こうして北海道庁開庁早々の教育行政の方向転換により低迷・混乱の状態だった全道の教育は、25年の「市町村制ヲ施行セサル地方ノ小学教育規定」の制定による道庁管下への第2次「小学校令」の実施によって、再び1つの節目を迎えることとなったのである。