家屋用材

40 ~ 41 / 1205ページ
 石田教授の材質観察方法は、炭化材を破断し、断面から樹種識別の根拠となる道管の有無、その配列形、放射組織の形態を光学顕微鏡と走査電子顕微鏡で判断する方法であった。その結果、二〇点の資料からD遺跡の特徴として、針葉樹が一点も検出されず、すべてが広葉樹材であることが判明し、樹種は、クリ五点、ナラ類七点、イタヤ類三点、ヤチダモと考えられるもの四点、樹種不明の広葉樹で環孔材一点であった。E2遺跡の住居跡の炭化材は、三点ともヤチダモと思われるものであった。樹種は現在の道南地方の天然材と比較しても、さほど変ってはおらず、気候や植物相は、ほぼ四千年前と差がないことがわかる。D遺跡一号住居跡の建築材のうちにクリが含まれているが、クリは堅くて加工しにくいが腐りにくい材料であるといわれており、五点のうち四点が住居壁に近い柱穴の所にあって、他の一点はほぼ中央で発見され、いずれも太い炭化材である。同定した中でナラ類が多く、住居壁に近い柱穴の所に四点と、住居外の入口に近い所および住居壁から内側に向っていた比較的長いものが二点でいずれも太く、残りの一点が住居壁内にあった細い炭化材である。イタヤ類とヤチダモと考えられるものは比較的細く、住居壁外から内側に分布していたものと、中央部にあったものである。

炭化材 炭化材クリ(200倍)


炭化材 ヤチダモ(600倍)

 住居跡から発見された樹種は四種であるが、柱などにはクリとナラ類が使われ、上屋などにはイタヤ類とヤチダモなどが用いられていた。これらの材料による骨組がどのようになっていたかは明らかでないが、住居跡の掘り込みが深く、六〇センチメートル以上であるので、屋根は地上からそれほど高くはなく、屋根のすそが竪穴を覆うように広がっていたと思われる。住居壁には焼けた石と土がなだれ込んだように入っていたが、屋根のすそは外から雨水などが入らないように土や石で覆っていたと考えられる。
 西桔梗の竪穴住居跡のうち、掘り込みが深いのはこのD遺跡だけで、長方形の二号住居跡は縦軸が五・九メートル、横軸が四・三メートルで、掘り込みは四八センチメートルから六八センチメートルと深い。この住居は主柱穴が四本あり、それを支える支柱穴が主柱穴の外側にある。炉は中央より南寄りで石組がない。入口と考えられる北東部には、出入りが容易なように壁の張り出しが造られている。竪穴住居跡でこのように壁が高く、深く掘り込んでいる例はこれまでにないが、この中に入って記録作業などをして見ると、風の強い日でもあまり気にならない。このように深く掘り込んだ住居は、冬に備えての住居であったのかもしれない。