大野新道の建設

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 明治二十年八月、亀田・大野間の新道工事が着工され、二十二年六月総工費一万四、二〇〇円をもって竣工した。
 『大野町史』によれば、この道路は平野の低湿地に付けられたものであり、道路に土盛りする土砂は西桔梗、大中山、七飯方面から幾本かの運河を掘り、船で運び一定の箇所に下ろされ、そこから馬やモッコで配られたといい、また七重浜の砂丘の砂も大いに利用されたという。
 この新道が開通する以前、函館から大野に行くためには函館、亀田、七重浜、有川と海岸沿いの道を通り、有川より内陸部への道を千代田、大野、一ノ渡という順で通行したのであるが、この新道開通のおかげで亀田・大野間では約八キロメートルも短縮され、大いに利用者に喜ばれた。しかし良いことばかりではなく、雨天が続いたり、春先の雪解け時期などには道路がどろんこ状態になり、通行者を悩ませたが、その後大野村民の凶作時における農民救済のための砂利入れ作業などにより、年々道路状態は良くなって行った。