その例を昭和十年以降の統計から見てみると次のとおりである。
開墾・潰廃された田畑
潰廃地の理由(昭和一三年)
昭和十九年になると軍用地のために田がつぶされていくが、その他の理由も含めると、一年間に一六町三反の田が減少した。
稲作付面積前年比較増減理由調べ(昭和十九年)
本年割当面積 四八四町八反 本年作付面積 四五九町九反
前年作付面積 四七六町二反 前年比較増減面積 一六町三反減
一六町三反歩減少の理由
・田の潰廃による植付減 三反
・軍用地工場敷地等地目変更による減 九町三反
・畑地に還元による減 三町○反
・本村居住者の耕地が他市町村居住者の耕地となったための減 一町一反
・其の他による減(苗代跡地及不作付地等) 二町六反
合 計 一六町三反
耕地増減面積(昭和二十年)
昭和十九年八月一日から、昭和二十年七月三十一日までの一年間で、亀田村では原野を開墾して畑が七反歩増加し、四反歩の畑を田に転換させた。
しかしその反面、戦争の影響を受け、かなりの田畑が軍用地にされた。
減少の理由と耕地面積は次のとおりである。
耕地面積の減少(昭和二十年)
亀田村の田畑の広さを比較すると次のとおりである。
田畑の面積
昭和十九年から二十年にかけて田畑の面積が減少したのは、軍用地にとられたためである。(「戦争」の項で後述)また、地区別の田畑の面積は次のとおりである。
各地区の田畑の面積(昭和二十年の例)