昭和九年の冷害凶作

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 五月より七月初旬までは割合順調な天候に恵まれていたが、七月七、八日ころより北からの冷風に見舞われた。七月中旬より八月上旬までの平均気温は、大凶作であった大正二年のそれより低く、八月中旬には幾分気温も上昇したが、以後九月上旬まで低温続きであった。

米作被害状況

 この災害のあと全道的に各市町村では補助金を申請して米穀貯蔵倉庫を建設し、亀田村でも富岡に木造の米穀貯蔵倉庫を建設した。本屋一五坪、下屋七・五坪で、建築費総額一、一八〇円のうち八九三円は補助金であった。